第3話 可愛い幼馴染の連れが怖いけど……うん、人だかりが避けていくぞ。これは便利、すいすい進める
またこの日がやってきた。
肩に掛けたショルダーバッグを握り締め、俺は車と車の間をすいすいと抜けていく。その先には、開店したての賑わいを見せるショッピングモールが待っていた。
「待って、勝手に行っちゃ迷子になるよ?」
「大丈夫だって、混んでるけどまだ入り口だし、さすがにこんなところじゃ迷子にならないって」
母さんにそう言いながら俺は歩み続ける。
友達と一緒に家族で遊びに来たんだ。ここにはちょっとした遊園地のようなアトラクションや映画館まであるから中に入れば自然と行きたい場所が見つかる。それにこの連休中、海に行くにしろ山に行くにしろ必要なものを買い揃えられるのも素晴らしい。
今日は五月三日、ゴールデンウィーク真っ只中。一番楽しい時期だった。
「朱宇くん忘れ物ない? 大丈夫?」
横断歩道で立ち止まると、また母さんに声をかけられた。でも私物はこのバッグだけだ。忘れるはずがない。うん、とだけ答えて足を進める。
と、そこで視界の端に赤い糸のようなものがちらついた。
それに釣られて一瞬見ると、隣に並んだ人の髪の毛だと分かる。見慣れたワンピースに暗色のカーディガン。背中まである赤毛を結い上げて、ベレー帽までかぶっている。
この大人しそうな格好の少女は、
「ほら、朱宇くんちゃんと答えて。忘れ物チェックは重要だよ」
「いや忘れ物はないけど、母さんは自分の歳を忘れてると思うよ。もう四十近いんでしょ、それなのにこんな若い格好して……」
「ふふんっ、母親が若くて綺麗な方が嬉しいでしょー」
胸を張って得意げな顔を作ったかと思うと、母さんは切なそうな微笑を浮かべた。
「私、中学生みたいな容姿だから子ども扱いされて、それがちょっとコンプレックスだったけど、朱宇くんのためなら私、ずっとこのままの姿でいるからね」
怖い。本当にこのままの見た目で歳を取って、おばあちゃんになりそうでちょー怖い。
いや、バカな想像だ。さすがにないって。
俺は軽く頭を振って今の姿のままおばあちゃんになった母さんを脳裏から追いやった。
「うっせぇ、何が俺のためだ。もしずっとそのままだったら、そのうち母親じゃなくて妹と間違えられるぞ」
「え、やだよ。それじゃあ私の母親としての面目が……」
母さんの声が萎んでいく。どうやら妹扱いはプライドが許さないらしい。
短めのワンピースから大胆に覗く母さんの太ももを見ながら、俺はため息交じりに口を開く。
「これでわかっただろ。今度からはもっと歳に合った格好をしてくるんだな」
「実際、見た目が若いんだから別にそのままでいいんじゃないか?」
その声に釣られて振り向くと、シャノンが俺の後ろに立っていた。そのさらに後ろには、カジュアルな格好の外人が二人と黒いレディーススーツが一人見てとれる。
スキンヘッドでマッチョという見るからにヤバい白人の巨漢と、気さくだがときおり見せる鋭い雰囲気がやはり普通じゃないラテン系アメリカ人の青年、ウォルターさんとデイビスさんだ。この二人はシャノンのお父さんの会社に勤めていて、その縁もあってこうして面倒を見てくれてる。だからウォルターさんの運転でここまで来たってわけだ。
前にシャノンの家に遊びにいった時には、今いる人達を含めて何人か外国人がいたけど……みんなマフィア映画で出るような人たちだったな、アレは。一体どんな会社なのか見当もつかねぇ。
なにせここまで付き添ってくれた最後の一人は、肩までの明るい髪に、幼稚園の先生みたいな優しい顔の高校生くらいの少女だから。このアイラさんという人も社員らしいけど、彼女がいなければマフィアや民間軍事会社に思えたのにこれじゃあ謎が深まるばかりだ。
そういった謎はいったん置いておくとして、俺は母さんの件で物思いにふけるように遠くの空を見上げた。
「シャノン……俺さぁ、時々不安になるんだよ。見た目が若すぎるから母親じゃなくて親戚のお姉さんなんじゃないかって」
「心配しすぎだろ。前にお前からフォトフォルダーを見せてもらったが、写真に写っていた日和さんは、今とまったく変わらない姿で赤ん坊だった頃のお前を抱きかかえていただろ」
「ずっと同じ姿だからちょっと不気味なんだろ」
「朱宇くん、全然不気味じゃないよ。これは病気のせいだから……ハイランダー症候群って知ってる?」
母さんにそう言われると、俺は首を振った。
「いや、知らないけど」
「簡単に言うと歳をとっても老けなくなる病気だよ。私、その病気が原因で、中学生の時のまま見た目が変わらないの」
「マジかよ……俺の母さんホントにこのままなのか……」
衝撃の事実! 俺の母親は病気でこれ以上老けない!
「え、それじゃあ、マジで将来母親じゃなくて妹と間違えられるようになるのか……やだなぁ、妹が俺の保護者とか……」
「そろそろ行くぞ、こんなところで立ち止まってると他のお客さんの邪魔になる」
そう言うとシャノンは横断歩道を指差した。
「ウォルター、先導してくれ」
「それはいいんだが、お嬢。まず先にどこをまわりたいんだ?」
「うぅん……そうだな。とりあえず一階を見てまわろう」
「了解だ」
実にスマートなやり取りじゃないか。二メートル近い大男を前面に押したてて横断歩道を渡り、そのままショッピングモールを道なりに歩いているから周りの人たちがどんどん避けていく。そこのところも実にスマートだ。歩きやすい。
そのまま俺たちはショッピングモールの入り口に入っていった。
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