第21話 弁護士先生再び

 まるで、さっきの話がなかったかのような、穏やかな口調で桜庭が電話越しに話す。


 ――これ、僕の電話番号です。電話帳に、登録しておいて頂けますか?


「うん、それは構わないんだけどさ。っつーか、なんで、電話掛けてきたよ?」


 そもそも、電話を掛ける距離じゃない。


 距離にして、十mくらい。


 桜庭は、少し不服そうな声で、言い訳する。


 ――お仕事中ですから、お邪魔してはいけないと思いまして。先ほど、追い出された手前、お声掛けするのも気兼きがねしまして。


「すでに充分、邪魔してるよ? ガンされててスゲェ気まずいし、周りのみんなも、怪しんでるぞ」


 俺がやや低い声で、注意を喚起かんきした。


 しかし桜庭は、悪気なく答える。


 ――そうおっしゃられましても、虎河さんをお守りするのが僕の使命ですから。


「お前もさ、他の執事達みたいに、隠密行動出来おんみつこうどうできないワケ?」


 呆れてため息交じりに言うが、桜庭はゆずらない。


 ――僕は、あなたの秘書です。あなたのおそばを離れるワケには参りません。


「あーそぉ……ミッチェルの時も、同じことしてたの?」


 力なく聞くと、桜庭は力説する。


 ――もちろん、ご主人様のお傍にいるのは、当然です!


 当然か。


 それってやっぱり、俺の為と言いつつ、俺の為じゃないよね。


「大資産家」を、守っているだけだ。


 俺そのものに、価値はない。


 金がなくなったら、コイツは俺の側を離れて行く。


 だったら別に、俺じゃなくても良かったんじゃないか?


 運命を受け入れる、国を守ると決めたはずなのに、俺はまだ迷っている。


 話が急展開すぎて、気持ちがついてこないんだ。


 頭では理解しているのに、心が納得出来てない。


 所詮(しょせん)、この世は金なんだ。


 ただ生きているだけでも、金が掛かる。


 金がなければ、生きていけない。


 金があれば、金で買えるものはなんでも手に入る。


 人間は、強欲だ。


 だから人は、金を求める。


 金欲しさに、金があるヤツに人は群がる。


 分かっている、分かってはいるんだ。


 いくら御託ごたくを並べても(ごたくをならべる=クドクドと、自分勝手な言い分ばかり言う)、仕方がない。


 こんなあやふやな気持ちのまま、遺産を相続して良いんだろうか?


 俺は何も言えなくなって、通話終了ボタンを押した。


 


「おはようございます、川崎さん」


「あ、どうも、加藤かとう先生。おはようございます」


 悶々もんもんとしていたところ、弁護士先生が職場へ顔を出した。


 今日も不健康そうな顔に、静かな笑みを浮かべている。


 どうにも俺は、加藤先生が苦手だ。


 何というか、にじみ出る雰囲気っていうか、空気っつーか。


 そういうものが、なんでか分からないけど怖いんだ。


「きのとぐり」とかいう、謎の言葉で脅されたからかもしれない。


 加藤先生は「おはよう」と言ったが、もう昼近い。


「もしよろしければ、お昼ご飯ご一緒しませんか?」


「そうですね、ゆっくりお話もしたいですし」


 ここで遺産の話はしにくいので、昼休憩の許可をもらう。


「すみませーん! ちょっと、外で飯食って来まーすっ!」


 職場の連中に声を掛けて、加藤先生と職場を離れる。


 当然のように、桜庭も後ろからついてきた。


 さっき、色々言っちゃったせいか、桜庭との距離が遠い。


 仕方がないので、振り向いて手招きしてやる。


「なぁ、桜庭もこっち来いよっ。昼飯、一緒に食おうぜ!」


「そんな! ご主人様と執事が食を共にするなど、恐れ多い」


 真剣な顔付きで、桜庭が小さく首を横に振ったので、俺は笑って桜庭に駆け寄る。


「良いから良いから! 堅っ苦しいこと言うなよ」


「では、今すぐ、レストランに予約を……っ!」


 慌ててスマホを取り出す桜庭の手を、俺はにっこり笑いながら抑える。


「昼間っから、そんな高いとこで食事しなくて良いって。近場で済まそうぜ」


「ち、近場って……」


 動揺する桜庭とは反対に、加藤先生は俺の意見に同意する。


「そうですね。近場で済ませて、あとはじっくりと話し合いに時間を使いましょう」


「あ、そっすよね」


 じっくり腰を据えて、加藤先生と話っていうのは、ちょっと苦手。


 まぁ、加藤先生だって、仕事だからな。

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