第22話 危機感
俺は取り繕うように、無理矢理明るく振舞う。
「そ、そうだ! 俺、美味い店知ってるんですよっ! そこ行きません? 加藤先生、好き嫌いとかあります?」
「いえ、特には」
「だったら、そこ行きましょ。桜庭もな?」
桜庭にも声を掛けると、きょとんとしていたが、素直についてくる。
「分かりました、ご一緒しましょう」
「よっしゃ!」
俺が大きく手振り身振りで、とある食堂へ案内した。
広くもなけりゃ、綺麗でもない。
家族経営の小さな食堂だ。
おふくろの味っつーか、家庭の味って感じなのが美味いんだ。
施設育ちの俺は、「おふくろの味」ってものを知らない。
だから、「家族」とか「おふくろの味」ってヤツに、憧れを抱いている。
「こ、ここですか……?」
信じられないといった顔付きで、桜庭がポツリと呟いた。
食堂の前に立ち尽くしている、桜庭の肩を軽く叩く。
「旨ぇんだぞ、ここの飯」
「では、入りましょう」
戸惑いなく入って行く加藤先生に、俺と桜庭も続く。
店内は騒がしく、まだ昼前だというのにサラリーマンがぽつりぽつりいる。
オシャレな店じゃないので、女性客は少ない。
店内に入るやいなや、明るい女将さんが声を掛けてくる。
「いらっしゃーい、お好きな席をどうぞー」
「はーい」
俺は軽く返事をして、四人席へ向かった。
桜庭が俺が座ろうとした椅子を、うやうやしく引いて優しく微笑む。
「どうぞ、お座り下さい」
「お前ね、こういうとこではそういうことしないの。TPO(
俺が注意すると、桜庭は驚いたような顔をして慌てて謝る。
「は、はい! 失礼しましたっ!」
「分かれば良いから、お前も座れよ」
いきなり大声でそんな謝られたら、こっちが困るだろうが。
苦笑しつつ座るように示すと、桜庭は申し訳なさそうに席に着いた。
そんな俺らのやり取りに動ぜず、加藤先生が店内に掛けられたメニュー表を見ている。
「ここは、何がおすすめなんですか?」
「なんでも美味しいですよ。手ごろな日替わり定食なんていかがです?」
「では、それで」
加藤先生が軽く頷いたので、桜庭もメニュー表を見ながら俺に声を掛ける。
「
「俺も日替わり」
「では、僕も同じにします」
桜庭が答えたので、俺は軽く手を上げて女将さんに向かって声を張る。
「女将さーん! 日替わり三つねーっ!」
「あいよー、日替わり三つー」
女将さんが答えながら、グラスに入った水を持ってきた。
グビグビ喉を鳴らして水を飲むと、桜庭が
「あなたには、危機感が足りませんね」
「何だよ、危機感って?」
空になったグラスをテーブルに置き、俺は首を傾げた。
「よくも、そんな無防備になんでも口に出来ますね。命を狙われるかもしれないのに、もし毒でも入っていたら、どうするんですか」
あまりに真剣な表情で語る桜庭に、俺は呆れてため息を吐く。
「お前ね、普通、こんなとこで毒とか盛らないだろ。大体、今の俺なんか殺したところで、何の得もないし」
「いいえ、ありますね。もし、相続前にあなたがお亡くなりになった場合、自動的に遺産は『
冷ややかな態度で、加藤先生が答えた。
親の
鬼神と変じた桜庭が、地の底から聞こえてくるような低く呟く。
「そんなこと、断じてさせません」
「うわ、桜庭こえぇ……」
俺がドン引きすると、桜庭が真剣な声で言い聞かせてくる。
「これ以上勢力をつけられたら、ヤツらの思うがままです。仇を討てないどころか、もっと大事なものを失うかもしれない。その為にも、あなたには何としても生きていて頂かなくてはならないのです」
「そっか、そうだよな……」
結局、俺は桜庭からそういう目でしか見られてないんだ。
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