第19話 名声、富、力、この世の全てを手に入れた男

虎河たいがさんのお仕事は、何をされていらっしゃるのでしょうか?」


 色々ありすぎて真っ白になった部長の執務室から出ると、桜庭さくらばが質問してきた。


 俺は撮影機材さつえいきざいが保管されている倉庫へ向かいながら、軽く答える。


「基本的に雑務ざつむだよ」


「は? 雑務?」


「雑務は、雑務だよ。荷物運び、ゴミ捨て、掃除、人手が足りない時の簡単なお手伝いなどをやる係」


「そんなっ! あなた様ほどの方が、雑務……っ!」


 何故か、ショックを受けた桜庭が、真剣な顔で俺に詰め寄った。


「いや、だって俺、ただのバイトだぜ? それが急に『ミッチェルの遺産いさんげ』って言われて、こんなことになって。今もまだ、夢を見てるみてぇで信じらんねぇよ」


 名声めいせいとみちから、この世の全てを手に入れた男、成金王なりきんおう川崎かわさき虎河たいが


 いきなり、国ひとつ動かせるくらいの巨額きょがくの富を手に入れた。


 金で買える物なら、何だって手に入る。


 豪遊ごうゆうだってし放題だ。


 そんな誰もがあこがれる夢のような話は、本当に夢だ。


 だが、現実は違う。


 これだけの大金を手にしてしまったら、人の見る目が変わっちまう。


 金を持っているというだけで、俺の社会的地位しゃかいてきちい存在価値そんざいかちが上がる。


 でも、それは喜ぶべきことじゃない。


 みんな、俺を俺として見なくなる。


り上がり」と、軽蔑けいべつする者も現れるに違いない。


 嫉妬しっとの目を、向けられるかもしれない。


 財産目当ての犯罪者に、命を狙われるかもしれない。


 横にいる桜庭も、ミッチェルの金でやとわれているだけだ。


 ミッチェルの金がなかったら、出会うことすらなかった。


 たちばなも、桔梗ききょうも、椿つばきも、田中も。


 みんな、金で繋がっているだけの関係。


 ミッチェルの後釜あとがまだから、優しくしてくれる。


 それだけだ。


 俺をかねづるとして見ないでくれ。


 俺は俺だ。


 俺を俺として見て欲しい。


 なんで、俺なんだ。


 なんで、俺を選んだんだ、ミッチェル。


 今すぐ俺を、俺に戻してくれ。


 それでも、俺はこの立場を受け入れなければならない。


 きっとそれが、俺にせられた使命しめいなんだ。


 今のところ、俺が財産相続することを知る者は少ない。


 豪邸ごうていにいる使用人達と、護衛ごえいに就いている執事達。


 弁護士の加藤先生と、今説明をした部長くらいだ。


 職場の人間達は何も知らないから、今まで通りで安心する。


 いつものように雑務に追われていると、同じバイト仲間の中山なかやまが、気軽に話し掛けてくる。


「よう、川崎。今日はずいぶん、重役出勤じゅうやくしゅっきんだな。お前、まーた何かやらかしたんだろ?」


「まあな。部長に、こってり絞られちまった」


 ハハハと、適当にごまかして笑う俺を、中山も声を立てて笑う。


「ったく、毎度毎度りないねー、お前も」


「別に、俺、悪くねぇもんっ」


悪気わるぎがないとか、なおさら悪いわ」


 ひとしきり笑いあった後、中山がまゆをひそめて耳打ちしてくる。


「で? さっきから、こっちをじーっとガン見してる、ストーカーみたいなの何?」


「あー、あれね。別にみ付いたり、暴れたりしないから、無視シカトしといて」


 そう、部屋の外から顔を覗かせてガン見してくる視線に、俺はずっとさらされている。


 今更、説明の必要はないかもしれないが、あれは桜庭だ。


 べったり張り付きたがる桜庭を「仕事にならないから」と、追い出した。


「見ているだけなら構わない」と許可したら、ずっとああしてる。


 不審人物として、見られても仕方がない。


 見た目だけなら超絶美形ちょうぜつびけいなのに、残念なことになってるぞ、桜庭。

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