第18話 もうやめて! 部長のライフはゼロよっ!

 俺がうなって悩んでいると、一歩前に踏み出した桜庭さくらばがハキハキとしゃべり出す。


僭越せんえつながら、私からご説明させて頂きます」


「さ、桜庭……」


 俺がオロオロしながら桜庭を見ると、桜庭はにっこりと笑い返してくる。


虎河たいがさん、ここは包み隠つつみかくさず、お話ししましょう。そちらのお方にも、重大じゅうだいなお話しだと思いますので」


「重大な話?」


 うたぐり深い目つきで、部長が繰り返した。


 桜庭は改めて部長に向き直ると、舞台俳優のように、高らかに語り始める。


「こちらにおわします、川崎かわさき虎河たいが様は、此度こたび、故ピート・ミッチェル様の遺産をご相続されることと、相成あいなりました」


「……か、川崎君が、ミッチェル氏の遺産をっ?」


 部長は面食めんくらって、声を張り上げた。


 そりゃ、驚くわな。


 ほとんど面識めんしきがない大資産家だいしさんかから、莫大ばくだいな遺産を相続されるなんて、普通思わないよな。


 俺だってまだ、半信半疑はんしんはんぎだもん。


「本当は、手の込んだドッキリなんじゃないか」と、今でも思っている。


 ドッキリだったら、どんなに良かったか。


 桜庭は、にっこりと綺麗に微笑むと、歌うように高らかに続ける。


「つきましては、大株主でもあったミッチェル様が、所有しょゆうおよび運用うんようしていた御社おんしゃの株は、全て川崎様のものとなります。今後はこのお方のお言葉ひとつで、御社が大きくかたむくこととなるでしょう」


「そ……そんな……」


 桜庭の話が進むにつれて、部長の顔色は見る見る悪くなり、もはや顔面蒼白がんめんそうはく


 デスクに両手を着いて、よろよろと椅子に腰掛ける。


 部長が気の毒になってきて、俺は桜庭にそっとささやく。


「お、おい、桜庭……あんま、部長をイジメてやるなよ……」


「私は、あくまで、事実をお伝えしたまでです」


 桜庭が冷静な声で、俺に囁き返した。


 部長に向かって、桜庭はさらにたたみ掛けるように続ける。


「なお、川崎様が万が一、相続を拒絶きょぜつされた場合、犯罪組織『偉大なる古きものGreat Old Ones』へ寄贈きぞうされることになります。これがどういうことか、お分かりになりますよね?」


「そ、そうなったら、我が社は……いや、世界はおしまいだ……」


 とうとう部長はデスクに突っ伏して、頭を抱えた。


 もうやめて! 部長のライフはゼロよっ!


 さすがに見かねて、桜庭をせいする。


「止めろよ、桜庭。これ以上イジメたら、部長の胃に穴が開いちゃうぞ」


「ですが、ここはしっかり、ご説明しないと……」


「いや、みなまで言わなくても、分かるよ……」


 部長がげっそりした顔を上げて、弱々しい口調で続ける。


「川崎君は、この世界の行く末を双肩そうけんになうことになったんでしょ? だから、その、桜庭君だっけ? が、張り付いてるってことなんだよね?」


「ええ、その通り。僕は、川崎様を守る使命しめいびております。僕の他に、四人の者達がかげながら見守っています」


「えっ? そうだったのっ?」


 今度は、俺が驚く番だった。


 てっきり、俺の身辺警護しんぺんけいごをしているのは、桜庭だけかと思っていた。


 そんな俺を見た桜庭がニッと不敵ふてきに笑って、指をパチンとひとつ鳴らす。


 すると、四人の執事達が入ってきて、壁に沿って一列に並んだ。


「お分かり頂けたでしょうか?」


 桜庭が問い掛けると、部長はもはや驚きすぎて、声も出ないようだ。


 可哀想に……部長、今日は仕事にならないかもな。

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