第17話 怒りの事業部統括部長

「君ね、今すぐ辞めてもらっても、構わないんだよ?」


 出た! 事業部統括部長じぎょうぶそうかつぶちょうの得意技。

『辞めても構わないんだよ』


 大幅おおはばに遅刻した俺に向けられた、部長の第一声はそれだった。


 そこからクドクドと、お説教せっきょうが始まる。


「だいたいね、『弁護士先生に呼ばれたんで、ちょっと出てきます』って言って、そのまま直帰ちょっきするって、社会人としてあり得ないでしょ。一回会社に戻ってくるか、戻れなくても電話のひとつも寄越よこすとか、連絡手段はいくらでもあったでしょ。それから……」


「……すみません」


 このオッサンのお説教は、とにかくねちっこくて長いんだ。


 いや、分かってるんですよ、俺が悪いってことは。


 おっしゃる通り、仕事ほっぽり出して勝手に帰るなんて、社会人としてあり得ないですよ。


 俺だって最初は、弁護士先生との話が終わったら、すぐ戻るつもりだったんです。


 でも、まさか、あんな空前絶後くうぜんぜつご(後にも先にも、めったに起こらない非常に珍しいこと)の展開が待っているなんて、普通思わないじゃないですか。


 などと、言おうもんなら、説教が長引くのは目に見えているので、黙っておく。


 頭と肩を下げて、反省の態度を見せながら、ひたすらお説教が終わるのを待った。


 おしかりの言葉が一通り終わったところで、部長が俺を指差ゆびさす。


「で? 扉の隙間から、殺人ビームでも発射しそうな勢いでガン見がんみ(なんかスゲェ見る)してくるストーカーみたいなの、誰?」


「は?」


 言われて振り返ると、部長の言う通り、執務室しつむしつの扉の隙間すきまからこちらをのぞいている桜庭がいた。


 驚きのあまり、声が裏返る。


「桜庭ぁあああぁああっ?」


「はい、虎河さん」


 隙間を覗いている姿勢のまま、桜庭が返事した。


 いや、それ、はたから見たらスゲェマヌケだぞ、桜庭。


 部長が苛立いらだった様子で、デスクを指でトントン叩く。


「川崎君、アレ、なんなの?」


「あ、アレはですね、桜庭といって、なんか色々残念なイケメンで……」


 たどたどしく俺が説明を始めると、桜庭がバーンッと扉を開け放つ。


 社交しゃこうダンスみたいなムダに華麗かれい足運あしはこびで、スタスタと俺に近付いてくる。


 その足運び、今必要だった?


 俺の横へ並ぶと、桜庭が詰め寄って来る。


「『アレ』だの『残念なイケメン』だの、いい加減なことをおっしゃらないで下さい」


「いや、だって、その通りじゃん……」


 俺に言うだけ言うと、今度は桜庭は部長に向き直る。


 部長に向かって、営業スマイルを浮かべて、丁寧ていねいにお辞儀じぎをする。


「これは失礼。申し遅れました、私は桜庭さくらば春樹はるきと申します。この度、川崎虎河様を護衛ごえいさせて頂くことと相成あいなりました、秘書ひしょ兼執事けんしつじでございます」


「は? 秘書? 執事? 川崎君、一体、何やらかしたの?」


 部長は、意味が分からないといった顔で、俺を見る。


 そんなこと言われたって、俺だって困るわ。


 俺もずっと意味分かんなくて、混乱しっぱしなんだもん。


「い、いえね、俺はね、なーんも悪いことはしてないんですよ。これには、ちょっと深い事情がありまして」


「ふぅん? 深い事情ねぇ。そんな複雑な話なの? それとも、私には話せないようなこと、やらかしたワケ?」


 め寄る部長に、俺は何も言えなくなる。


 う~む、困った。


 遺産相続いさんそうぞくの件は、部長に話しても良いものなのだろうか?


 俺自身としては、事情が事情だけに、やむ得ず相続すると決めたものの。


 正式に「相続する」って、加藤先生にも言ってない。


 正直、相続する覚悟も決まっていない。

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