第15話 外へ出るのもひと苦労

 朝飯を平らげた後は、着替え。


 と言いたいところだが、ここに俺の服はない。


 ミッチェルは、小太りの爺さんだったから、サイズが合わない。


 昨日、加藤かとう先生の法律相談事務所ほうりつそうだんじむしょから、着の身着のまま、ここに来た。


 貴重品等は持ってきたものの、すぐ職場に戻るつもりだったから、カバンも置いてきた。


 っつっても、盗まれて困るようなものは、何も入ってねぇんだけどさ。


 今、俺が着ているのは、昨日のシャツとスラックスのまんま。


 寝ている間に着替えさせられる、ということはなかったらしい。


 もし、寝ている間に全裸にかれていたら、発狂してたね。


 風呂も入ってないし、同じ服で出勤するのはイヤだな。


 一旦、自分のアパートへ戻って、風呂入って着替えたい。


「自分んち帰って、それから仕事行くわ」


「さようでございますか。では、お車でお送り致します」


 たちばなが、礼儀正しくお辞儀をした。


 俺は手をパタパタと横に振って、それを断る。


「自分の足で帰れるから、大丈夫だってっ」


「ですが、玄関から門まで、車で五分掛かるんですよ?」


「あ」


 桜庭さくらばに言われて、はたと気が付く。


 そうだった。


 この豪邸ごうていは、玄関から門までが遠いんだった。


 玄関から門まで、綺麗な花が咲き乱れる庭園ていえんがある。


 庭園の真ん中には、白い石造りのドデカい噴水ふんすいまで建っている。


 金持ちって、なんでこんなムダに広い庭園作んの?


 外に出るだけで、めっちゃ時間掛かるじゃん。


「あ~……じゃあ、とりあえず、門まで送ってもらえるかな?」


「かしこまりました。では、すぐ、お車をお呼びします」


 橘が一礼いちれいすると、廊下を素早く駆け抜けていった。


 って、ちょっと待て。


 お前ら、全裸で外へ出る気か?


 猥褻罪わいせつざいで、警察に捕まんぞっ?


 そんな俺の心配をよそに、四人の全裸執事達が、玄関前までエスコートしてくれた。


 玄関の無駄に広いロビーで、四人が一糸乱れぬいっしみだれぬ(列が少しも乱れず、きちんとしている)動きで、一斉いっせいに礼をして声を合わせる。


「行ってらっしゃいませ、ご主人様」


 戻ってきた橘が、息も乱さず爽やかな笑みで、分厚い立派な扉を開けてくれる。


「お車を、玄関前にご用意させて頂きました。どうぞ、お気を付けて行ってらっしゃいませ」


「お、おう、行ってきます……」


 あまりの仰々しさ(ぎょうぎょうしさ=大げさ)に、俺はドン引きしながら玄関をくぐった。


 どうやら、執事達は玄関から出ないらしい。


 そりゃそうだ、全裸だもんな。


 一応、そのへんの常識はあるんだな。


 橘が言った通り、玄関を出てすぐのところに、昨日乗った超高級車ロールスロイスが停まっていた。


 昨日と同じ運転手がきっちりとお辞儀をして、後部座席のドアを開けてくれる。


「おはようございます、ご主人様。私が責任を持って、ご主人様を門まで送り届けさせて頂きます」


「あ、どうも、おはようございます。今日も運転、よろしくお願いします」


「かしこまりました」


 自分より年上の運転手に、丁寧ていねいにお辞儀をされて、俺は恐縮きょうしゅくしながら乗車した。


 ドアが閉まると、スゥッと滑るような動きで、車が動き出した。


 それから五分ほどで、スッと停車する。


 この同乗者どうじょうしゃ負担ふたんを掛けない「スゥッと走り出して、スッと停まる」ってのが、実は結構難しい。


 アクセルを強く踏み込めば、座席に押し付けられるほどのG(Gravition=重力加速度)を体に受ける。


 同様に、ブレーキを強く踏み込むと、前へ引っ張られる物理運動が働く。


 それが全く感じられないってことは、この運転手は相当腕が良い。


 これが、プロの運転手というヤツか。


 俺の為だけに、これだけの距離しか運転しないのに、わざわざ運転手やとうって、もったいないなぁ。


「お待たせ致しました。行ってらっしゃいませ、ご主人様」


「どうも、ありがとうございました。行ってきます」


 運転手に見送られて門に近付くと、門の側に立っていたムキムキマッチョマンな門番が、門を開けてくれる。


「おはようございます、ご主人様。行ってらっしゃいませ」


「あ、ども。行ってきます」


 門番に見送られて、ようやく豪邸を出ることが出来た。


 やれやれ、外に出るだけで、ひと苦労だな。

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