第13話 イングリッシュブレックファースト①

「お腹がお空きでしょう?」


「ああ、うん。そういや、腹が減ったな」


 朝っぱらから、てんやわんやの大騒ぎで、空腹すら忘れていた。


 意識したら、急に腹が減ってきた。


 腹が鳴ると、椿がおかしそうにくすくすと笑う。


「今頃、給仕係きゅうじがかりの田中ちゃんが、食堂でお待ちかねですわ」


「朝飯は、何?」


English breakfastイングリッシュ・ブレックファスト(イギリス風の正式な朝食)です」


「い、イングリッシュ……?」


 なんじゃ、そりゃ?


 俺の苦手な横文字が、椿の口からスラスラとつむぎ出された。


 テーブルマナーを、とやかく言われそうなかたっ苦しい食事じゃねぇだろうな?


 児童養護施設育じどうようごしせつそだちの俺は、テーブルマナーなんてものは、何も知らない。


 施設で教わったマナーは、


「みんな揃って、両手を合わせて『いただきます』」


「好き嫌いせずに残さず食べて、みんな揃って、『ごちそうさまでした』」


 そんなもんしか、知らねぇぞ。


 不安でいっぱいになっていると、椿がくすりと笑う。


「そんなに身構みがまえなくても、大丈夫ですってば」


 重厚じゅうこうで細かな彫刻ちょうこくほどこされた木製の扉を、椿が押し開く。


 ここもまた、ムダに広い!


 縦長の食堂は、二十畳?


 いや、それ以上あるかもしれない。


 飯を食うだけの部屋に、こんな広さいらねぇだろ。


 金細工が綺麗な大きな窓には、細かいレースの白いカーテン。


 部屋の真ん中には、長すぎる長方形のテーブルがドンと置かれている。


 このテーブル、軽く四mはあんぞっ?


 テーブルには、白いテーブルカバー。


 対角になるように、青いカバーが掛けられていた。


 めちゃめちゃ長いテーブルのお誕生日席に、椅子が一脚だけ置かれている。


 椅子の側に、左腕に白い布を掛けた田中が立っている。


 全裸で。


「おはようございます、ご主人様。ようこそ、食堂へ。お席へどうぞ」


「は、はい……おはようございます」


 側に立つと、田中のデカさを改めて実感する。


 ざっと見積もっても、俺より十㎝以上デカい。


 俺だって一応、一八〇㎝はあるんだけどな。


 考えてみれば、俺より低いのは橘と桔梗くらいで、あと三人はみんなデカい。


 田中に椅子を引かれて腰掛けると、目の前に高価そうな空のティーカップとソーサーが置かれる。


「ロイヤルミルクティーでございます」


 白磁器しろじきのポットから注がれる、ホットミルクティー。


 華奢きゃしゃで、ちょっと力を入れたら壊れそうなティーカップを、おそる恐る両手で持って口へ運ぶ。


 名前は分からないけど、きっとモノスゴく高級な紅茶と牛乳なんだろう。


 口の中に広がる濃厚な牛乳の甘さと、鼻を抜ける紅茶の芳香ほうこう(良い匂い)。


「うわっ、何これっ? めっちゃ美味いっ!」


 あまりの美味さに思わず叫ぶと、田中が嬉しそうに口に笑みを浮かべる。


「おめに与かり、光栄です。早速さっそくではございますが、コールドシリアルか、ホットシリアルをご指定下さい」


「シリアル?」


「コーンフレークになさいますか? それとも、オートミールになさいますか?」


「ん~……俺、オートミールって苦手なんだよね」


「では、コーンフレークをお持ち致します」


 田中が一礼して下がると、ややあって銀の盆を持って戻ってくる。


「コーンフレークでございます」


 綺麗な白い丸皿に、何の変哲へんてつもないコーンフレークが入っている。


 側に、砂糖が入った小鉢こばち、七種類の小皿、牛乳が入ったガラスのポットが置かれる。


 小皿にはそれぞれ、輪切りにされたバナナ、イチゴジャム、ブルーベリージャム、ドライフルーツミックス、チョコレートソース、はちみつ、ヨーグルトが入っていた。


 コーンフレークに、好きな味付けをして食えってことね。


 コーンフレークなら、ひとり暮らしを始めてから、良く食べるようになった。


 だって、朝から料理なんて面倒臭めんどうくさいじゃん。


 俺は、砂糖がまぶされたコーンフレークに、冷たい牛乳をぶっ掛けて食べるのが好き。


「いただきまーす」


 俺は顔の前で、パンッと両手を合わせてから、スプーンを手に取った。


 施設時代からの癖で、こうやって手を合わせないと、気が済まないんだよね。

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