第12話 プロのスタイリスト

 ムダに広くて長い廊下には、細かい刺繍ししゅう入りの真っ赤なカーペットがかれていた。


 等間隔とうかんかく(全部同じ距離)で四角い台が置かれていて、その上には壷や彫刻品なんかが置かれている。


 壁にも、金細工の施された額に入った大きな絵画も飾られていた。


 きっと、めちゃくちゃ高価な骨董品こっとうひんとか、有名な画家が描いた芸術品なんだろうな。


 俺には、その価値が全く分からんけど。


 金持ちって、マジで金の使いどころおかしいよな。


 椿つばき優雅ゆうがにエスコートしてくれるんだけど。


 全裸だから、いまいち決まらない。


 正直、どこへ連れて行かれて、何をされるか分からないから、怖いったらない。


 だって、デカい全裸のオカマと、ふたりっきりなんだぞ。


 ビビりらない方が、無理だろ。


 ビビり散らかす俺に気が付いた椿が、くすくすとおかしそうに笑う。


「あら、そんな緊張しなくて良いんですよ? 朝のご支度したくを、お手伝いさせて頂くだけですから」


「支度?」


「お顔の洗って頂いて、お肌を整えさせて頂きますの」


「ああ、なんだ、それだけか」


 ちょっと肩の力を抜くと、これまた豪奢ごうしゃ(ムダぜいたく)な洗面所に連れて来られた。


 余裕で八畳以上の広さがあって、床は大理石、金属部分は金ピカ。


 全身が映る巨大な鏡が、壁に張り付いている。


 掃除が行き届いていて、どこもかしこもピッカピカ。


 足を踏み入れるのすら、気後きおくれしてしまう。


「少々お待ちになって下さいませ」


 何故か、椅子に座らせられて、待たされる。


 ひじ置き付きの木製の椅子も、これまた豪華。


 クッション部分もフッカフカで、座り心地がバツグン。


 木製部品には、これまた細かな彫刻ちょうこくほどこされている。


 あまりにも贅沢仕様ぜいたくしようで、俺なんかが座っていいのかと、心配になるレベル。


 椿が蛇口をひねって、洗面台にお湯を張り、手早くフェイスウォッシュを泡立て始めた。


「準備が出来ました。どうぞ、お顔を濡らして下さい」


「お、おう……」


 洗面台も、ムダに広いな。


 洗面台だけで、軽く一畳あるぞ。


 そんなにデカくなくて良いだろ、洗面台なんて。


 言われるまま、ぬるま湯をすくって顔をバシャバシャ洗うと、泡を顔に塗りつけら

れた。


「洗顔料です。どうぞ、すすいで下さい」


「う、うん、分かった」


 慣れないことをさせられて、俺はぎくしゃくと、椿に言われるがままだ。


「はい、失礼致します」


 顔をすすぐと、めちゃくちゃ柔らかい高級タオルを顔に押し付けられる。


 ゴシゴシ拭くんじゃなくて、ふんわりと顔の水分を吸い取る感じ。


「では、お肌を整えさせて頂きますね」


 椿は上機嫌で、何本もボトルを取り出した。


 慣れた手付きで、化粧水だの乳液だの美容液だの、色々塗ったくられた。


「ご主人様は、お若くていらっしゃるから、お肌がお綺麗で本当にうらやましいですわ」


 このまま化粧されるのかと身構えたが、スキンケアだけだったようだ。


 顔の手入れが終わったところで、くしで髪をき始める。


「髪は、いかがなさいます?」


「そうだなぁ……なんか、シュッとした感じで」


「うふふっ、分かりました、シュッとした感じですわね♪ じゃあ、スタイリッシュな髪型にしてあ・げ・る☆」


 楽しそうに笑いながら、椿はスタイリングワックスを手に取った。


 手早く髪に馴染なじませると、あっという間にスタイリッシュな髪型が出来上がった。


 注文通り、シュッとしていて男らしい感じだ。


「いかがでしょう?」


「おおっ、マジかっ、スゲェ! さすがは、スタイリストっていうだけあるなっ!」


 俺が手放しでめると、椿はとても嬉しそうに笑う。


「喜んで頂けて良かったですわぁっ。っと、あらやだっ、もうこんな時間!」


 洗面所に掛けられた柱時計を確認すれば、七時。


 出勤するまで、まだ一時間以上ある。


 まだ、慌てるような時間じゃない。


 椿は俺の手を引いて、椅子から立ち上がらせると、また優雅にエスコートしていく。

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