第9話 全裸おしくらまんじゅう・イン・ザ・ベッド

 風邪を引いた時に見るような、意味の分からん悪夢にさいなまれて、飛び起きた。


「え」


 しかし、現実もまた、地獄じごくだった。


 見た瞬間、全身に鳥肌が立った。


 キングサイズベッドの上には、俺の他に全裸の男達が横たわっている。


「全裸おしくらまんじゅう」の原因は、コイツらか。


 慌てて自分の格好を確認すると、俺だけは服を着ていた。


 ほっとひと息吐いて、薄暗い中、目を凝らして周りを確認する。


 椿つばきと田中は、いないようだ。


 いくらキングサイズとはいえ、デカいヤツら(椿と田中)は入らなかったらしい。


 俺の左隣で足をからませてくるのが、桜庭さくらば


 右隣から俺の腕にしがみついているのが、桔梗ききょう。 


 桔梗を背中から抱き枕にしているのが、たちばな


 川の字には、ひとり多い。


 みんなこの状況を、何かおかしいとだと思わないのか?


 俺の足に、野郎の股間が両側から押し当てられているんだぞ?


 なんで、そんな安らかな顔して寝ていられるんだ?


 まさか、これもミッチェルの趣味なのか?


 毎晩、野郎達と乱交らんこうパーティーだったのか?


 あのご老体ろうたいで、精力有り余ってたのかよ、おい。


 若い男とくんずほぐれつ、夜のぶつかり稽古げいこで、元気百倍か。


 だから、あんなに精力的せいりょくてきだったのか?

 

 元気のみなもとは、こんなところにあったのかよ。


 人は見かけによらないとは、よく言ったもんだぜ。


 そんなこと、正直知りたくなかったわ。


 残念ながら、俺はホモじゃない。


 ノンケ(Non+気=その気がない=ホモじゃない)だ。


 頼むから、ミッチェルお前の趣味を俺に押し付けるのは勘弁かんべんしてくれ。


 全裸執事に挟まれて、眠れぬ夜を過ごした。



「おはようございます、ご主人様。昨晩さくばんは、良くお休みになられましたか?」


 ピロートークのようなシチュエーションで、桜庭は優しく微笑んだ。


 これで俺が女だったら、ときめいたんだろうけどな。


 だが、俺は男だ。


 ときめくどころか、背筋に寒気が走った。


 皮肉たっぷりに、言ってやる。


「おかげで、バッチリ悪夢を見せられて、寝不足なんですけど?」


「どうしてでしょう? 気持ち好くお休みになられるように、温めて差し上げたのに!」


 朝からハツラツ元気野郎の橘が、困ったように首を傾げた。


 桔梗が、まだ眠そうに目を擦る。


「おかしいですね。人肌で温めるのが、一番のはずなんですけど……」


「いやいや、ここは雪山じゃないからね! 人肌で温め合う必要はないからっ!」


 俺が全力でツッコむと、三人は真面目な顔をして、口々にうったえる。


「もし、ご主人様がお体を冷やされて、風邪でもお召しになられては大変です」


「ご主人様の体調を管理するのも、ぼくたちの使命です」


 うん、真面目なんだね、君達。


 体調を心配してくれる、その気持ちは嬉しいよ?


 でも、温める方法は他にあるよね?


 暖房とか、湯たんぽとか。


 気遣きづかいが、ななめ上の方向行っちゃってるよ。


 言いたいことは山ほどあるが、真剣そのものな彼らにされて物が言えない。


 顔を引きつらせつつ小さくうなって、俺は彼らに問う。


「うん、あー……えーっと、その、それって、ミッチェルさんの指示で?」


「いえ、私の意思です」


 にっこりと橘に笑顔で返されて、俺はちょっと意外で驚く。


「え? ミッチェルさんに、やらされてたんじゃなくて?」


「ミッチェル様が寒そうにしていらした時、橘さんが『人肌で温めて差しあげてはどうか』と、おっしゃったんですよ」


 にこにこ笑いながら、桔梗が振り向いて橘に視線を送る。


 褒められた橘は、桔梗と顔を見合わせて微笑み合う。


「ご主人様の健康を守ることは、執事として当然のことですっ!」


「いつも橘さんの細やかな心遣こころづかいには、頭が下がります」


 そうかそうか。


「全裸おしくらまんじゅう・イン・ザ・ベッド」は、橘の発案か。


 どうやらこのハツラツ野郎は、天然でもあるらしい。


 見た目と性格は良いのに、残念なヤツだな。

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