第7話 空前絶後の相続財産

 全裸執事達の後ろから、一歩引いたとこに立っている加藤先生が、静かに口を開く。


「どうです? 遺産を相続されるお気持ちは、固まりましたか?」


「なんで?」


 クイズ王のように、めちゃくちゃ早く、ベッドから起き上がって聞き返した。

 

 口元を吊り上げて、加藤先生は口だけ薄く笑いの形を作る。


「今、遺産を相続されれば、もれなく一生涯いっしょうがいの安心が保障されます」


「そんな、保険の宣伝文句みたいに……」


 俺が気のない声で返すと、加藤先生は少しテンションを上げる。


「さらに、これだけの豪邸と使用人付きです」


「まぁ、めったにありませんよね、ホワイトハウス並の豪邸なんて。しかも、全裸執事付き」


 弁護士先生も、おかしいと思わないの?


 執事が、全裸なんだよ?


 なんで、誰も指摘してきしないの? 全裸。


 ここだけ、異世界なの?


 俺、いつの間に異世界転生した?


 この世界線では、全裸が常識なの?


 もう、意味分からん。


 顔を引きつらせて、俺が乾いた声で笑うと、加藤先生は畳み掛けるように続ける。


「これだけの好条件が揃っていて、何が不服なんですか? こんなシンデレラストーリー、そうそうありませんよ?」


 口元からスッと笑みが消えて、名状しがたい負のオーラのようなものが、加藤先生から漂う。


 不健康な青白い顔をした加藤先生が、負のオーラをまとうと、ハンパなく怖い。


「言うまでもなく、相続しないなんてあり得ませんよね?」


「いやいや、不服とかそういう問題じゃなくてですね。何だか急な話で、現実味リアリティがなくて、信じられないんすよ……」


 加藤先生の恐ろしい雰囲気に、俺はたじろぎながら答えた。


 小さく「ふむ」言うと、加藤先生はスーツの内ポケットから、黒い皮張りの手帳を取り出す。


「なるほど……『現実味リアリティがない』ですか。では、現実味のある話をしましょう」


 手帳を開くと、加藤先生が淡々たんたんと読み上げる。


「このたび、川崎さんが相続される遺産は、ざっと見積もって八兆円はっちょうえん


「兆……っ?」


 桁外けたはずれの額に、俺はふっと、意識が遠くなりかけた。


 それだけあったら、何が買えるの?


「うまい棒」何本買える計算?


 銀行に預けておけば、預金利息よきんりそくだけで一生食っていける。


 いや、一生かかっても使い切れない額だ。


 むしろ、何を買ったら使い切れるんだ?


 混乱する俺を置き去りにして、加藤先生は話を続ける。


「さらに、この豪邸と敷地、美術品、車、ミッチェル氏が運用していた株、その他もろもろ、全て相続されることになっています」


「ま、マジかよ……」


 聞けば聞くほど、現実味がなくなっていく気がする。


 なんて大変なものを、俺に相続してくれてんだ。


 そんなデッカいもん背負わせられたら、俺の人生がまるっと変わっちまう。


 貧困層だった俺が、急に大資産家に成り上がる。


 そりゃ、金があるに越したことはねぇけどさ。


 だからって、ありすぎるのも問題だ。


 自分の器に入りきらない資産なんて、持て余すに決まっている。


 今までのちょっと足りないくらいの生活で、それなりに幸せだったのに。


 なんてことしてくれるんだ、ミッチェルめっ!


 かといって、辞退じたいすることは許されない。


「辞退したい」などと言おうもんなら、弁護士先生がなんて言うか。


 あの人、一生付きまとってでも、俺に相続させようと迫るに違いない。


 あんな死神みたいな色白魔人に、一生付きまとわれるなんて絶対にごめんだ。


 毎日毎日「相続相続」と、呪文のように唱えられたら、精神病むわ。


 今夜にでも、夢に見そうだ。

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