第2話 世界一アホな一番くじ

「どうぞ、お入り下さい」


「は、はい……」


 加藤かとう先生の法律相談事務所ほうりつそうだんじむしょへ連れて来られると、奥の応接室へと通された。


 十畳くらいの室内には、いかにも高級そうな木製のテーブルとソファが置かれていた。


 ガチガチに緊張した俺は、うながされるままソファに座る。


 秘書さんがお茶を置いて立ち去ると、向かいに座った加藤先生が静かに口を開く。


「この度、川崎さんは、故ピート・ミッチェル氏の遺産を、相続そうぞくされることになりました」


「はい?」


 突然のことに、思考が停止した。


 ピート・ミッチェル。


「ビジネス界における世紀の大富豪だいふごう」とか「経済王けいざいおう」などと呼ばれた、「シュブニグラス・エンターテインメント」の創始者そうししゃであり、最高経営責任者。


 胆力たんりょくやリーダーシップ能力を高く評価され、メディアをかいして政治にも関わっていた権力者けんりょくしゃ


 アホな俺でも知っているくらいの、超有名人。


「遺産相続」って、亡くなった人のお金を受け取るって意味で合ってる?


 そんな、もんのすげぇ人の遺産を、なんで俺なんかが、受けぐことになったんだ?


「『ワケが分からない』という顔をされていますね。では、簡単にお話ししましょう」


 加藤先生はメモ帳を手に取り、説明を始める。


「あなたもご存知でしょうが、ミッチェル氏は誰もが知る大資産家です。しかし彼は生涯独身しょうがいどくしんで子がおらず、遺産を引き継ぐ者がいなかった。そこで、あなたに相続されることになったんです」


「いやいや、おかしいでしょ、それ。なんで、見ず知らずの俺……いや、僕に相続されることになったんすか?」


 話が端折はしょられ過ぎて、さっぱり話が見えてこないんだけど。


 俺が混乱しながら聞き返すと、加藤先生は小さくうなづく。


「そうですね。もう少し詳しく、お話ししなければなりませんね」


 加藤先生は、メモ用紙に分かりやすく図解を描いて、トントンと指し示す。


「先ほど説明した通り、ミッチェル氏には相続者がいませんでした。病気により死期しきさとった彼は、危機感を覚えました」


「病気?」


「ええ」


 加藤先生は真剣な表情で、重苦しい口調で語る。


「ある朝、カミソリでヒゲを整えていた時、手がすべってそれはそれは大事なイボを、切り落としてしまったのです」


「イボを?」


 言われてみれば、ピート・ミッチェルの顏には、イボがあったような気がする。


 ピート・ミッチェルの顏に興味があったワケじゃないから、ぼんやりとしか覚えてないけど。


「それから彼は人が変わったように内気うちきになり、ヒドく衰弱すいじゃくしたそうです。彼にとって、イボは彼の分身であり、彼自身でもありました」


「え? 何それ、イボにそんな重要な意味があるんすか?」


 俺がきょとんとして聞き返すと、加藤先生はとても重要なことのように告げる。


「そう……イボは、彼にとって全てだったのです」


「なんで、イボが全てなんですか?」


 俺のツッコミを無視して、加藤先生は淡々と続ける。


「イボを失った彼はふさぎ込み、『ヤベェ、このままじゃ死ぬ、私ピンチ』と、思ったそうです。その時、彼の頭に思い浮かんだのは、莫大ばくだいな遺産でした。妻子さいしがいない彼は、『とにかく、誰かに相続しなければ!』と、とてもあせりました」


「まぁ、相続者がいなければ、国に持っていかれますからね」


 法律に詳しくない俺でも、そのくらいは分かる。


 加藤先生はメモ用紙に、ふたりの棒人間を描き、ふたりの間に矢印を描く。


「そこで、あなたに相続しようということになりました」


「だから、『そこ』がおかしいっつってるんですよ。なんで、話がめっちゃ飛ぶんですか? 『そこ』のところを詳しく、説明して下さいよ」


 加藤先生に詰め寄ると、加藤先生は深々と重いため息を吐き出す。


「これだけは、言いたくありませんでしたが。どうやら、言わなければならないようですね」


「え? 何? 僕の知らないところで、何か深い因縁があったんすか?」


 加藤先生のただならぬ表情に、俺は固唾かたずんで、加藤先生の次の言葉を待った。


 加藤先生は、俺に顔を近付けると、小さな声で打ち明ける。


「『くじ』で」


「は?」


 くじ?


 くじって、何だっけ?


 混乱する俺に、加藤先生はさらっと答える。


「全従業員リストから、適当に『くじ』で決めたそうです」


「えぇえぇええ~っ? 遺産だよっ? 相続した人の人生が、まるっと変わっちゃうくらいの莫大な遺産だぞっ? それを、『くじ』で決めちゃったのかよっ? マジありえねぇ……」


 信じられない……そんな世界一アホな一番くじ、アリかよ……。


 頭がおかしくなりそうになって、思わず頭を抱えた。

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