執事が全裸でコメディとシリアスを反復横跳びする俺の成り上がり物語

橋元 宏平

第1話 弁護士先生

「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」


 豪華なお屋敷の玄関を開けると、個性的なイケメンが五人並んで、うやうやしく出迎えてくれた。


 全裸で。


 どうして、こうなった。


 ☆


 話は、数十分前までさかのぼる。


 俺の名前は、川崎虎河かわさき たいが


 現在、20歳。


 俺が幼い頃に両親は事故で鬼籍きせきに入り、児童養護施設じどうようごしせつで育った。


 高校卒業後、すぐに施設を出て、「Shub-NiggurathシュブニグラスEntertainmentエンターテインメント」でアルバイトしている。


Shub-NiggurathシュブニグラスEntertainmentエンターテインメント」は、総合メディア企業。


Shub-Niggurathシュブニグラス」は「豊穣ほうじょうの女神」の名前で、「女神様のご加護かごがありますように」という願いが込められているという。


 バラエティー、ドラマ、ニュースなどを放送している大手放送局。


 テレビ専門誌、番組の関連グッズなど、メディアミックスにも力を入れている。


 だけど、俺は華やかな表舞台とは無縁のいわゆる裏方うらかた(舞台裏で働く人)。


 撮影機材を運んだり、セットの組み立てを手伝ったり、スタジオ内の掃除などなど。


 人手ひとでが足りなければなんでもやらされる、雑用係ざつようがかりのスタッフ。


 時給は、都内の最低賃金ってとこかな。


 今日も今日とて、したとして雑務ざつむに追われている。


 そんな俺の元へ、スーツ姿の中年男が訪ねてきた。


 長身痩躯ちょうしんそうく(背が高くてせている)で、顔は青白く、不健康そうな顔をしている。


 女を口説けばコロリと落ちそうな、静かなイケメンボイスで問う。


「あの、あなたが川崎虎河さんですか?」


「ええ、そうですけど。どちらさまですか?」


「申し遅れました、私は加藤かとう有利ゆうり。弁護士を、しております」


 薄い唇にわずかに笑みを浮かべて、加藤先生は名刺を差し出した。


 名刺を受け取ると、『加藤有利法律事務所 弁護士加藤有利』と書いてある。


 それを見た俺は、顔色を蒼褪あおざめさせる。


「べ、弁護士先生……? 俺、何かやっちゃいました?」


「ここでは、少々話しにくい大事なお話しですので、場所を移しましょうか」


「は、はい……。分かりました」


 弁護士なんて職業の人には、初めて出会った。


 完全に偏見へんけんなんだけど、弁護士って怖いんだよね。


 だって、弁護士って事件が起こった時に出てくる人じゃん。


 そもそも、世間一般的に「先生」と呼ばれる人が苦手なんだよね。


 別に何も悪いことしてないのに、めちゃくちゃ緊張する。


「ここでは話しにくい大事な話」って、なんだろう?


 もしかして、法律に触れるような犯罪をやってしまったのだろうか。


 俺、アホだからニュースとか全然見ないし、見ても理解出来ないし、結構世間知らずなところがあるからな。


 もしかしたら、知らないうちに犯罪に加担かたんさせられていたのかもしれない。


 気付かないうちに、違法薬物とかヤバいものを運搬うんぱんさせられていたのかも。


 芸能界って、闇が深いって噂だし。


 俺、逮捕されちゃうのっ?


 頭の中を怖い想像がグルグルして、どんどん恐怖が押し寄せてくる。


 出来れば逃げたいけど、逃げてどうなる?


 とりあえず、話だけでも聞いてみるか?


 何にせよ、無断でバイトをサボる訳にはいかない。


「すみません、加藤先生。ちょっと待ってもらっていいですか? 勝手に仕事抜けちゃうと、 怒られちゃうんで」


「そうですよね、分かりました」


 俺は加藤先生を連れて、作業をしていたバイトリーダーに声を掛ける。


「あの、こちらにいる弁護士先生に用があるって言われたんですけど。申し訳ないんですけど、今日はこれで帰っても良いですか?」


 バイトリーダーは怪訝けげんそうに加藤先生を見た後、俺に視線を戻す。


「弁護士先生? お前、何やったんだよ?」


「いや、それが俺にも心当たりがなくてですね……」


「まぁ、やることはだいたい終わってるから、別に良いけど」


「本当ですか? ありがとうございます。お疲れ様でした」


「おう、お疲れ~」


 気の良いバイトリーダーは、ひらひらと手を振った。


 俺は他のスタッフたちにも挨拶あいさつをして回り、加藤先生と共にスタジオを後にした。

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