第4話 異世界ファッション事情
私達はここにきた時より別人クラスのスタイルを手に入れていた。
その為、元の世界で来ていた洋服はブカブカで入らなかった。
そしてスカスカだった部分にはふっくらとしたボリュームが足されていた。
そう、私は念願叶って最強のスタイルを手に入れていた。
お胸にお肉がついたのだ。
別に胸が大きいからってモテる訳じゃないよ。
ただここにお肉を入れて置くだけでビジネスが捗る捗る。
ただしキサラちゃんや凛ちゃんは控えめだ。
男共からの視線に耐えられないとのこと。
まぁそこは人生経験よねぇ。
それ以上の地獄を味わわない限り、なかなか受け入れられないからねー。
なので今は現地ご用達の衣服に身を包んでいる。
元の服は売ると足がつきそうなので大事に取っておいている。
また何かに再利用できるかもしれないからだ。
「マツリ、あんたのビジネスは右肩上がりよ。もっと顧客を増やす予定はないのかい? 斡旋してるあたしが言うのもなんだけど予約が多すぎて捌ききれないのさ。嬉しい悲鳴って言うんだろ?」
「サザーランさんの仰りたいことも分かります。ですがそう簡単に手に入れられると知ったら知ったで料金の値下げ請求をしてくるものも出てきます。ここは相手に我慢をさせて、ようやく受けてもらう形で取り組むのも良いかと思われます」
「まぁそうだろうね。誰だって突然変異したあたしを受け入れきれないって感情だ。料金設定がお手軽じゃないのもまた美容に興味のない連中を遠ざけてる」
「全身マッサージは体力勝負ですから。こちらも一日に何件も受け入れるとなると本格的な施設が必要となりますから」
「場末の宿屋でやるには無理があると?」
「商業ギルドから許可が降りない限りはここでやっていくしかないですねー」
そう、稼ぎはあれどいまだに商業ギルドから商売として認められてなかった。
ここのシステムも男性の貴族階級が利権を握っているためか、女性の美容に対しての意識が薄いのだ。
いっそ後退した頭部の改善を図った方が早いが、それをしたら私達は囲い込まれて死ぬまで搾取される未来が見える。
だから一対一、一日一件までのこのサロン形式の方が無駄に敵を作らなくていいのだ。
「それにしてもマツリ」
「なんですサザーランさん」
「あんたのビジネスをさ、部分的に分けることはできないかい? 顔のシミ取りや洗髪。あれだけでも十分商売になると思うのよ。それだったらそこまで時間はかからないだろう?」
痛いところをついてくる。
勤務当時はお金がもらえるからと若さに鞭打って働いたものだが、正直お金は現時点で暮らしていくには十分だ。
だからこれ以上稼ぐ必要がない。
だけどお金があればあるだけいい。
貧乏を経験するとその魔性の言葉で己の限界を無視して働こうとしてしまうのだ。私もよく病院のお世話になったので分かる。
だからサロンの他に仕事を割り当てるとなると雇用形態を考えなければいけない。
「可能です」
「なら!」
「可能ですが、あの子達はまだ現場に慣れていません。作業に集中すれば可能ですが、お客様のお話し相手はまだ早いです。それのみ、となるとどうしても待ち時間に話し相手が欲しくなるものでしょう?」
「そうだねぇ、あたしも施行中にあんたと話してるからか、すっかりその事を頭の中から失念させちまってたよ」
「なので単独ではなく、二人同時に私が話し役を兼任して洗髪と染み抜き洗浄を行使する。この業務内容でよければ引き受けます。サロンの方はその日の体力次第なところがありますね。副業の副業になってしまいますが、そちらを気に入っていただけたら、サロンの方にも通っていただけたらと思います」
「いいのかい? あたしは他人事だから無理強いしちまってるけど可能なのかい?」
「もちろん人数は限定させていただきますが、髪とスキンケアは別々と言うお約束が目見られるのであれば。日に5人まででいかがでしょう?」
慣れた仕事だと少なく感じるが、この五人というのは初心者には厳しい数字だ。何せ相手は一人一人全く違う個性を持つ人間。
初めて会う人に対してどんな対応をすればいいのかさえわからない。
私が会話を受け持つことによって二人は作業に集中できるが、気力を相当に持っていかれることは間違いない。
私も主任と外回りした時は失敗ばかりだったことを思い出したわ。
あれ辛いのよねー。誰も助けてくれないし、惨めな気持ちになる。
自分で乗り越える必要があるから必死に食らいついたわよ。
でも成果は全部上司が持っていくのよ。
そのためについて回ってると言っても過言じゃないわ。
「分かった。肌だけでもなんとかしたいって常連が多くてね、助かるよ」
「お髪の方はいらっしゃらないのですか?」
「顔あってこその髪だよ?」
「それもそうですね」
顔を諦めると、髪型も髪質も諦めるようになる。
だが顔を綺麗にすると、髪が軋んでるのがどうにも気になるのだ。
これは男女問わずの共通認識。
そして頭が整えばボディも気になる。
こちらを成功させてこその肉体改造とした。
凛ちゃんも片手で贅肉を自分に移しながら、もう片方の手で串焼き肉を量産するテクニックを手に入れた。
私はそれを瞬間冷凍して匂いを消す係。
賢者なのにサポートしかしてないのは我ながらどうかと思うけど、これでいいのだ。
「と言うことで、新しいビジネスを開拓しちゃったけど大丈夫だったかな?」
「私は大丈夫です」
「うん、うん」
「良かったぁ」
「むしろ私達の気持ちを察してお仕事に変えちゃった茉莉さんが凄くて」
「そうかなぁ? あの中で最善を取り繕っただけだよ?」
「私だったらきっと反論できずに押し切られて一日20件とかとっちゃいそうで」
「そうねー、若いうちはそれくらいなら行けちゃうって思いそうよねー」
「でもよく考えたら洗髪って結構疲れるんですよね。人によって髪質って違いますし。茉莉さんがお湯を出してくれるからこその洗髪です。普通ならここに料金が発生するんですよね? 私はそれを当たり前のように扱ってました」
えー、そこ気にしちゃうの?
お湯ぐらいいつでも出すのに。
本当はそんな魔法ないんだけど、キサラちゃんに髪を整えてもらってから魔法の調整? がうまくいく気がするのよねー。そして凛ちゃんに肉体改造してもらってから頭がよく冴える。口車もよく回るし、自身だって漲ってくるわ。
やっぱり美って正義だって改めて痛感したもの。
ずっと胸が小さいのがコンプレックスだったから、それが改善されただけで日々が輝いて見えるものよ。あんまり大きくたって敵を増やすのは知ってるけど、こっちには豊胸のプロフェッショナルがついてる。
今ならお金を払うだけでそのスタイルが手に入るのだ。
男の視線を独り占めだってできる!
あんまりお勧めしないけどね。
この世界って死生観が末期だから直結厨が多くて困るのよね。
お金の提示すらなく、直接よ?
だからビジネスの時以外では平凡なスタイルにしてもらってるわ。
だって襲われたくないもの。
「まぁ最初は慣れることからね。お客様のお話し相手は私が引き受けるから、キサラちゃんは凛ちゃんのサポートについてあげて。スキンケアが終われば髪も! ってなると思うからいつでもできる準備だけはしておいて」
「はい!」
こうして新しいビジネスは火がつき。城下町で瞬く間に広まった。
市民は食生活の乱れや、直射日光の直撃によるシミ、シワ、乾燥肌の改善。
そして栄養の偏りで軋んだ髪をしっとりサラサラにして仕事に打ち込んだ。
この顔にこの体は不足すぎる。
おかげさまでサロンの予約が殺到したが、案の定五件でぐったりしてるキサラちゃんと凛ちゃんに無理強いはさせられなかった。
これが連日となるとどうもね。
私は空いてる時間に魔法を使って縫い物をしていた。
それと言うのも、顔、体が整えば次に目につくのは当然その装いだ。
流石に貴族のような豪華で派手な装いはできないが、日本人のような隠れたオシャレをすることはできる。
まずは上着からでも試してみようと本来なら対象を地面に縫い付ける“シャドウバインド”で裏地に柄物を縫い付けていた。
「よし、完成」
一見して布の服。
けど襟の返しに模様が入れられていてぱっと見の印象がガラリと変わる。
首から下げるスカーフでも印象が変わるが、平民がスカーフをかけても似合わないのでそこは撤廃した。
こう言うのは普段着を改造するからいいのだ。
あまり派手にしても貴族から目をつけられちゃうからね。
なのでおしゃれな自分は貫き通しつつ、平民に扮することで災いを寄せ付けないための措置としている。
「わ、それなんです?」
「ちょっとこっちの衣装をアレンジしてみたの。まだオシャレからは程遠いけど、肉体が変われば着飾りたくなるものじゃない?」
「そこにビジネスチャンスが転がってると言うことですか?」
「そうねー、流石にこれを商売にするのは骨が折れるわ。だから専門業者に売り込むことにするつもり。服は服屋と言うでしょ? 私一人で抱え込むのは違うもの」
「そうですね、今のビジネスも茉莉さんあってのものです。別々になったら破綻しちゃいます」
「うん、うん」
まぁお湯もスチームも私が魔法で施してるからねぇ。
睡眠魔法とかも合わせてリラックスさせてるから。
気がついたら眠ってて心も体もリラックスさせられてるのが最上だもの。
「そう言ってくれたら良かったわ。まぁ私はあなたたちに比べたら全然活躍できてないから。だからちょっとは活躍したくてね、ほんのお小遣い稼ぎよ」
貴金属や香水とかは貴族が使ってるから変に売り出せないのよね。
でも自分がちょっとオシャレを意識するくらいなら改善できると思うから。
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