第3話 お仕事と当分の宿泊先

「いやぁ、助かったぜ。でも本当に報酬はこれだけでいいのか?」

「これだけもらえたら十分です」


 報酬は串肉を購入する際に使われていたお金。

 カッパーと呼ばれる金属を雑に叩きつけた欠片だった。

 カッパー、シルバー、ブロンズ、スチール。

 要はこの世界で使われてる加工品がお金になっているようだった。


 カッパーの下にはシェル。貝殻を叩いて繋ぎ合わせた合板を扱う。

 この世界ではシェルで炭や燃料になる石炭の取引を。

 カッパーで食料、シルバーで洋服や家具などの生活必需品。

 ブロンズになると武器や防具。

 スチールから上は商人が扱う通貨だそうだ。


 串焼き屋さんのような屋台は食肉を加工するだけのお店なのでカッパーを活用する。肉食の加工業者がお店に卸す時もカッパーが使われる。

 スチールなどの通貨は貴族や王族が加工業者に依頼するときに支払われるそうで普段使いはしないんだって。


 もらったお金はカッパーが5枚にシルバーが3枚。他には少量のシェルと串焼きが3本で手を打った。

 少なく見えるだろうけど、これで三人の宿泊代と食事代、あとはお湯の使用量が賄える。

 アルバイト換算だと一人頭時給3000円とかそれくらいだ。

 コンビニバイトの方がよほど苦労した記憶がある。


「いやぁ、なんとかなるもんだねぇ」


 事前に聞いていた若い女性だけで泊まっても大丈夫な宿屋を案内してもらい、そこで一泊分の料金を払う。

 お風呂の類は別料金でお湯を出してもらえるそうだ。

 お湯なら魔法で出せるので、湯浴み用の桶だけ借りた。

 魔法バンザイ!


「茉莉さんの交渉力に助けられました」

「まぁ、穴の空きまくった企画書をプレゼン能力だけで通してきた実力がいよいよ火を吹いたってだけだから」

「実は茉莉さんてすごい人だったんですか?」

「どうだろう? 仕事がうまく行ってもお給金上がらないのよねー。実績は上司にとられるしで骨折り損のくたびれもうけだわ」

「おつかれ、さまでしゅ」

「凛ちゃんもありがとう。今回のMVPは凛ちゃんといっても過言ではなかったよ?」

「そんな……」


 テレ顔が可愛いんだ、また。

 贅肉をたくさん使い切ったので今の凛ちゃんはほっそりさん。

 私のお腹にへばりついた贅肉も払って欲しいもんだわー

 そう願ったら簡単に吸収された。


「うそ、長年何をやっても取れなかったお腹周りがこんなにスッキリ!?」

「茉莉さん、気にするほど太ってないじゃないですかー」

「そうは言うけど、うちの会社は痩せてる子が多くて、隣に立つだけで男どもの目がウザいのよ。あれはきっと陰口叩いてるに違いないわ!」

「あはは、茉莉さん黙ってれば美人さんなのに」

「そうかしら? 最近鏡見る暇ないから自覚なかったわ。化粧とかも全然する暇ないしねー」

「え、それでそんなに肌綺麗なんです?」

「シラフよー」


 現役高校生に驚かれる28歳とは如何に。

 と言うか、確かにいつもに比べてお肌が良く水を弾いた。


「ねぇ、もしかして凛ちゃんの能力のおかげじゃない、これ」

「そうなの、凛?」

「ゎか……んなぃ」


 ほらほらキサラちゃん。あんまりがっつかないの。


「試してみればわかることでしょ、さぁ凛ちゃん。キサラちゃんを綺麗にしてあげて?」


 凛ちゃんはこくりと頷いて、キサラちゃんの肌に触れた。

 乾燥気味の肌はみるみる潤いを取り戻していく。

 代わりに凛ちゃんがふくよかになった。

 これ、新陳代謝的なものまで活性化してる?


「これが今のあなたよ、キサラちゃん」

「え、これが私?」


 手鏡を手渡すと、信じられないと言う顔をした。

 びっくりだよね、私もさっき見てびびった。

 誰だこれは! と驚きの声を上げたほどだ。

 6年の会社勤めで荒れ果てた肌が、10代の頃のようなぴちぴちの肌に戻っていたら誰だって驚く。私がそうだった。


 そして現役高校生のキサラちゃんが、もっちもちの肌を自分で触って目を輝かせている。なんと言うか、こう生まれ変わった気分だ。

 脱皮? と言うのも違うな。

 疲れていた私とおさらばした。そんな気分である。


「それとキサラちゃんにお手入れしてもらってからね、枝毛なくなってる気がするの」

「え? そうなんですか?」

「そうよー、軋んでボサボサだったのに見て、香油でも染み込ませたようにツヤツヤサラサラだから」

「ただ伸ばしたり切ったりできるだけじゃなかったんですねー」


 使ってる自分が気づいてないようだ。

 まぁ鏡で見るまで自分の姿なんて確認できないものね。

 さすが理容師。そして美容整形。

 賢者の私が霞むほど、女性が喉かラテが出るほどに欲しい能力ばかりである。


 そこで私が考えたもう一つのビジネスは……


「え、宿泊客相手にサロンを開く、ですか?」

「そうよ。もちろん相手は女性のみに限定するわ。あなた達の能力を存分に活かせるまたとない機会よ? もちろん強制はしないわ。串焼き屋さんでアルバイトしてもいいし、どちらを選ぶかはあなた達次第なんだから」

「もし私たちの能力が活かせるなら……」


 キサラちゃんは私をまっすぐ見据えて呟いた。

 凛ちゃんも同様だ。

 私は乗り気で宿屋の女将さんへと今回の企画をプレゼンしに行く。


「なんだって? うちの宿で副業をしたい? ダメダメ、商業ギルドが許さないよそんなの」

「どうしてもダメですか?」


 はて? 商業ギルドとはなんだろう。

 普通に考えて商工会のようなものかな?

 まぁ確かに業種のサービスによっては過剰だ。

 お風呂でさえお湯を貸し出す程度の時代背景。

 いきなりサロンは時代が飛びすぎたか。

 だが、こればかりは引けない。

 なぜなら自分が体験したお肌や髪の改善は、ぜひ周囲に布教したいレベルで極上だったからだ。

 私は広告塔になるつもりで今回のプレゼンを達成するつもりだった。


「まぁまぁ、まずは女将さんが体験して、それから判断してくれたらいいので」

「いったいどんなことをするつもりなんだい?」

「実は……ゴニョゴニョ」


 耳打ちし、ここで話すには人目が多すぎると内密に内容を語る。


「え!? そんなことができるのかい! もし本当なら……あとであんた達の部屋に行くよ。それでいいかい? 仕事が終わってからになるから随分と遅くなるけど、寝るんじゃないよ?」


 食いついた。

 やはり水仕事の多い職業柄、手荒れが気になるようだ。

 香油の類も高級品のようで、王宮ほど出回ってはいないのだろう。

 女将さんの髪は軋んでボサボサだ。

 そして太陽光を浴びてるのでシミがくっきり浮かび上がっている。

 凛ちゃんの美容整形は肌そのものが新品に生まれ変わるものなので、シミもシワも角質の汚れも問答無用でピカピカにしてしまうのだ。


 そしてその日の夜。

 バザーで買い付けたアロマの香を焚きながらまずは洗髪。

 仰向けで、椅子に座りながら髪を洗ってもらうことなど初めてだったのだろう、ものすごく油断した表情を浮かべていた。

 わかるよー、他人に頭洗ってもらうのって気持ちいいんだよねー。

 キサラちゃんはお店のお手伝いしてるだけあって、洗髪がとにかく上手なのだ。シャンプーもトリートメントもコンディショナーもないのにツヤツヤふわふわになるのはもはや魔法である。


 そして布団の上に寝かせられた女将さんが、凛ちゃんのマッサージを受けていた。本当はモミモミしなくたって触れるだけで吸収、改善できるがパフォーマンスは必須だ。

 整体師の勉強をしていたこともあり、骨の歪みからこりの解消までたちまちに判断してゴキゴキさせてた。

 女将さんは泣き叫んでたけど、骨の歪みは命に関わるからね。

 私のお父さんもヘルニアで苦しんでたのを思い出す。

 そして、ようやく全ての工程が終わった。


「いててて……まったく、酷い目にあったよ。これじゃあ副業は認められないよ」

「そうおっしゃらず。もう一度自分のお姿を見てから判断してもいいのでは?」

「は? 誰だいこれは……これが、あたし?」

「随分とお若く見えますよ」

「うそだろう。お腹周りの脂肪も、顔に浮き出た頑固なシミもどこに消えちまったんだい?」

「これが、私どもの始めたいサービスとなります」

「こんなの、お貴族様でも通用するんじゃないかい?」

「でしょうね、ですが私達はまず日頃お手入れするまもなく働く皆様に向けてサービスをしたいと思っています」

「料金は? それ次第だ。あんまりボッタくると流石にうちの商売にも響く」


 つまり、料金がそこまで過剰じゃなければOK、あるいは商業ギルドに掛け合ってくれると言うことだろう。


「シルバー1枚で、どうでしょう」

「それじゃあ安いね10枚だ」

「そんなに宜しいのですか?」

「あんたね、自分たちのしでかした事がどんな事か自覚がないのかい?」

「無論、最高の仕事をしたと自負しています」

「ならそれくらいは受け取りな。安月給でも10枚ポンと払えるくらいにあんた達の仕事は極上だむしろスチールでも人は来るよ?」


 どれくらいの料金設定が平均かわからない以上、損をしてでも普及させるのが目的だった。

 けど生まれ変わった女将さんは私たちの仕事を極上と背中を押してくれた。


「あはは、嬉しい限りですね。でもこの通り人手不足なのでお客さんは一日一人まででお願いします」

「だろうね、全員が財産を投げ打ってでも飛びつくよ。あんまり宣伝しない方がいいかい?」

「もう女将さんの姿がこれ以上ない宣伝となってますよ」

「そりゃそうだ」


 こうして私達は臨時のアルバイト先を手に入れた。

 日中は串焼き屋さんで顔を売り、夜はそれぞれの能力で顧客を増やした。

 この中で私だけがあまり働いてない気がするけど、お湯とか火の魔法は私に提供だから。働いてるからー。

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