第2話 串肉と天職の相乗効果
飴で空腹を満たす時間はすぐさま終わりを告げた。
正直に言おう、人はものを食べなければ死ぬ。
いや、マジで。
カフェインパワーは万能ではない。それは嫌と言うほど痛感させられてきた。
「うぅ、おなかすいたよぉ」
「茉莉さん、ご飯食べてないんですか?」
「会社で二徹した後なの。ご飯なんて食べてる暇なくて、カフェインとサプリメントで急拵えよ。終わった仕事に対して上司からクレームを入れられた時は声を荒げそうになったけど、そんな元気もなくて……」
「社会の闇を見た気分です」
「まだまだこんなもんじゃないよー? アハハ」
「聞きたくないです。ね、凛?」
凛ちゃんもこくこく頷いていた。
この子はこう言うところが可愛いよねー。
癒しだわ。
そこに流れてくるお腹を直撃するいい匂い。
お肉だ!
空腹中枢を刺激する煙。
肉の焼ける匂いは人を殺す。
今まさに死にかけの私が言うんだから間違いない。
「茉莉さん、お金あるんですか?」
「向こうの世界のお金は……」
「やりとりされてる通貨はコインのようですね。見たこともないものです」
「あははー、だよねぇ」
お財布にお札をしまう。
懐にしまいつつ、買い食いしてる人を羨ましそうに見つめた。
じーーーーーーー。
穴が開くほど目に力を込める。
串焼き屋の店主が、根負けしたように手を上げた。
「嬢ちゃん、それ以上は営業妨害だ。一本くれてやるからあっち行った」
「良いの!?」
「それで商売が上手くいけば安い投資だ」
「やったぁ!」
串にはお肉が三枚刺さってる。
ちょうど今ここには三人いる。
一息に食べたい衝動に駆られるが、お腹が空いているのは私だけではないのだ。
ここに年長者は私だけ。
私はそこから上の肉を一つとって二人に渡した。
「全員で一個づつ! 分けっこしましょ」
「あの、私達はまだ大丈夫です。茉莉さんが食べてください」
「良いの、このお肉はみんなの報酬なの! これを独り占めしちゃったら、私はきっとそれを繰り返す! だからダメ! 私のためにも受け取って!」
「そう言うことでしたらわかりました」
こくこく。
キサラちゃんと凛ちゃんが黙って受け取った。
それをもぐもぐと食べる。
ゆっくりと噛んで。牛のように反芻はできないけど、それくらいゆっくり飲み込んで消化した。
まだお腹はぎゅうぎゅうなっている。
むしろお腹に入れたことで空腹は加速していた。
ああ、ダメだ。
もっともっと欲しくなる。
そこに差し出されるお肉。
凛ちゃんだ。
「あの、食べ、ます?」
「いいの、私は大丈夫だから凛ちゃんが食べ……あれ?」
そこで凛ちゃんの持ってるお肉の大きさが先ほど食べた私のお肉よりかなり肥大化していることに気がついた。
「凛、それどうしたの?」
「あの、天職のスキル使ったら……」
「えーと、美容整形だっけ? それでお肉がそんなふうになるの?」
スキルの中身も気になるけど、焼きたてのお肉の匂いで何も考えられなくなる。
凛ちゃんはこくこくと頷いて、お肉を手で半分にして私に渡してくれた。
それを私はかぶりつく。
「おいっしい!!」
「よかったですねー、茉莉さん」
「うん!」
私はニコニコ顔でお肉にかぶりついた。
「はー、お腹いっぱい。久しぶりに何か食べた気がするわー」
「飲み物もなくよく食べれますね。お水、飲みます?」
「ありがとう!」
今時の高校生は水筒持参なのねー。
コップを受け取りながら中のお水を喉に通す。
あ、これ紅茶だ。オシャレー。
お茶なんてペットボトルのものしか最近飲んでないや。
「ふぅ、ごちそうさまー」
「お粗末さまです」
コップをキサラちゃんに返しながら、ふと疑問に感じた違和感を確認する。
「そう言えば凛ちゃん」
「?」
「少し痩せた?」
「あ……あぅ」
そう、ぽっちゃり系の凛ちゃんは、少しスッキリしていたのだ。
顔が痩せてると言うより、ムチムチしていた制服がブカブカになっていたので聞いてみた。
すると驚きの事実が発覚する。
「え、自分の脂肪をお肉に変化させた? え、すごいじゃない」
さっき食べたお肉は、凛ちゃんの贅肉を変質させたものだそうだ。
彼女は体質的に太りやすいそうで、食生活さえ安定させればあらゆるものに脂肪を付与したり、自分に取り込んだりできるそうなのだ。
ちなみにさっき食べたお肉に脂身を食べたと言う記憶はない。
血抜きされた赤み肉の味だった。
彼女の言う変質が万能すぎて辛い。
もうこれだけで商売できそうまである。
なんせこの子がいるだけで食事に困らないのだ。
「あ、私は髪の毛を自在に伸ばせたり引っ込めたりできます」
「神!」
「え、そうですかね?」
凛ちゃんに比べて自身の能力が微妙だと思ったのか、オズオズといった態度で申告したキサラちゃんに私は食い気味に擦り寄った。
突然のことにキサラちゃんは腰が引けている。
「そうだよ! だって髪型自在なんでしょ!? 仕事すると美容院行く暇ないし、髪って切るだけで上司が変な勘繰り入れてくるし行けずじまいだったのー。よよよー」
「よしよし、これから茉莉さんのカットは私が担当しますからねー」
「うう、天使しかいない。尊い……もう死ぬ」
「これぐらいで死ぬなんて言わないでくださいよ、調子狂うなぁ。それより茉莉さんのスキルはどんな感じのですか?」
「えー私ー?」
そう言えばみんなには商人って言ってたのよねー。
ここは大人として商人で通すか、はたまたバラして正直に告白するか。
「実はねー」
バラした。
そもそも私だけ秘密を作るのはフェアじゃないし、この子達に頼り切るマンマンの私が秘匿するのも違うのよね。
でも大袈裟にすることはなく、ちょっと魔法が使えることを明かす。
私の天職は賢者。
でもこの子達には魔法使いを名乗った。
この子達なら名乗っても大丈夫だと思うけど、それ以外の誰かが悪用するかもしれない。それによって離れ離れになるのは本意ではないからね。
「え、商人じゃなかったんですか?」
「あのメンツの子守り確定だと思うと正直に名乗れなくて」
「あー……ですね。私も同じ立場なら違う職業答えますね」
「でしょー? まぁこき使われるの目に見えてたし、今は追放されて正解かな?」
「でもお金稼がないと生活もできませんよ?」
「そこは任せてよ。お腹が満たされたらお仕事モードに入れるわよ。仕事場では下っ端だったけど、こう見えて営業もこなしてたのよ?」
ウインクしながら高校生達にいいところを見せることにした。
私たちの背格好と能力を加味した結果、私たちに適任の仕事は串焼き屋だった。
「おじさん、私達を雇わない?」
「さっきの嬢ちゃんか。見ての通り今は大忙しで猫の手も借りたいが、一秒を競う大仕事だ。素人を入れる余裕なんてねーぞ?」
「でも仕入れたお肉の毛抜きをするのも大変ですよね? うちのキサラちゃんならこの通り」
キサラちゃんが角のついたウサギの死体に手を置くと、あっという間に毛が引っ込んだ。それは魔法のようにも見える。
凛ちゃん同様、自身の髪を伸ばすことで対象の毛を出し入れ自在にするのだ。
「な!」
「そして私は火の魔法を絶え間なく使うことが可能。木炭いらずです。どうですか?」
「そいつはありがたいが、肉の仕入れが間に合わんぞ?」
「そんな時は凛ちゃんの出番です。彼女の能力なら……」
枝肉に切り分けたウサギ肉。
串に使う分以外はゴミとなる。
だが凛ちゃんならそこから贅肉を余剰に分配する事で枝肉にする前と同じように戻した。
さっき食べた食事の効果で、以前よりもムチムチだ。
コストよすぎだよこの子!
「なんてこった! こんなありがたいことはない。よーし、なら配置についてくれ。営業再開だ!」
その日はかつてない売り上げを叩き出した。
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