社畜OLの賢者様〜ストレス溜まりそうな職場からおさらばして悠々自適な暮らしを送る〜

双葉鳴🐟

第1話 勇者パーティは地雷原

「但馬さん、あの資料出来てる?」

「あれでしたらそこに」


 直接の上司である城島主任が、強い香水を散らしながら二徹明けの私のもとへとやってくる。仕事を持ってきたのも唐突なら、自分の仕事を私に押し付けて自分は男とデートしてきた面の皮の厚い女である。


「ちょっと、ここ違うわよ」

「はい? 要望通りに……」


 渡されたメモの通りにデータを起こして今日中に仕上げた私に対し、感謝すら抱かない。ちょっとくらいは労うとかなんとかさぁ。


「あなた、ここにきて何年経つの? 私の指示がなくたって不測のデータがあれば揃えておくのができる部下でしょ!」

「だったらそれを示してください」


 こちとら自分以外の仕事以外の仕事のことまで把握してないんですよ。


「今すぐ直してちょうだい」

「無理ですね」

「私の命令が聞けないの?」

「そもそもその仕事をとってきたのは主任です。私の仕事はこっち」

「同じチームでしょう!」

「もうこの話やめましょう? 時間の無駄です」


 頭が朦朧としている自覚があった。

 過剰摂取したカフェインが意識をなんとか繋ぎ止めている。

 本当ならここで怒鳴り散らしたい。

 でも怒鳴る気力も湧かずにいる。

 早く帰って寝たい。

 ただそれだけを考えて今日も一日を終える。


「あれ? ああ……そうか」


 家に帰った記憶がない。

 気がつけば玄関で意識を落としていた。

 ハイヒールは折れ、ストッキングが電線している。

 匂い立つ生ごみ。

 掃除機をかけたのはいつだったか?

 買ったはいいが食べずに冷蔵庫に入れたままのお惣菜が強烈な臭いを放つ。


「あちゃー、全滅してる」


 生ごみをゴミ袋に入れてゴミ捨て場に。

 カラスが突いて異臭が漏れた。

 先ほどのカラスがゴミの上で倒れている気がするが気のせいだろう。

 浴室からはカビの匂いがすごい。


 今日はお風呂に入りたかったけど、また近くの銭湯を頼るかなぁ。

 洗濯機は買ったけど使った記憶がない。

 ブラウスは同じ物を何着も買ってクリーニングで回してるパンツも同じ色のを何着も持ってる。下着も同様だ。

 女子力も低迷については考えないようにしていた。

 正直なことを言えば、余裕さえあればそう言うことに興味を持つ年頃だ。


 でも、あまりにも時間がない。

 お金を稼ぐのは大変だ。

 実家暮らしをしていた時はこんなに大変だとは思いもしなかった。

 泣けてくる。


 今からでも母に謝って実家に帰らせてもらおうか。

 そお思った矢先の事だった。


 周囲の景色が変わったのは。


「ようこそお越しくださいました勇者様」


 初老の男性が腰を低くして歓迎の言葉をかけてくる。

 あれ、何これ夢?

 突然の出来事に腰が抜けてしまった。


「あの、ここはどこですか? 私達、学校で授業を受けていたと思ってたんですけど……」


 申し訳なさそうに声を上げたのは薄茶の髪を肩にかかる長さにまとめた少女だった。その後ろにはオドオドした少女の姿がある。


「困惑されるのも無理もない事でしょう。しかし今は私めのお話をお聞きください」


 社長ぐらいの年嵩でありながらまるで新人サラリーマンのような腰の低さ。

 懇切丁寧な語り口。うちの上司もこれくらいの態度だったらまだ救いがあったのに。

 もしこの人の下で働けたなら……ぐらいの気持ちで聞いてると。

 ん? と首を捻るワードがいくつか出てきた。


 要点をまとめるとこうだ。

 この国は危機的な状況に陥っており、そしてそれを救うために遣わされた神の使者が私達だと言う。

 与えられた能力『職能』を伸ばし、迫り来る脅威を打ち払うのがお仕事だそうだ。なお、旅立ちの支度はするが、魔王とやらを倒すまでボーナスもなければ給料は最初の一回渡したきりだと言う。

 地獄かな?

 この条件で仕事を引き受けたいと言う相手がどこにいるかっつーの。

 私だって社畜の自覚あるけどこれはないわーって思うもん。

 なんだったら元の会社よりブラックだよ、この仕事。


「つまりこれはあれだろ? この勇者の力を使ってモンスターを倒しまくってレベルアップ! 魔王ぶっ倒して平和になるまでやりたい放題! そうだろ?」


 あと先考えないで生きてそうな少年が口を開く。

 この見切り発車っぷり。親の元でぬくぬく育っただろうことが窺える。

 スマホを取り出すなり、腰の低い目上に対して肩を組んで自撮り写真をキメる荒唐無稽っぷり。

 これはきっと迷惑YoTuberの類だろう。いいね欲しさに無茶をする。

 現にお偉いさんの錫杖にペロペロ唾をつけてそれを自撮りしている。

 明らかな地雷臭。

 しかもよりによってこれが勇者だと言う。


「つーかさ、俺達勝手に拉致っといてこれっぽっちの報酬でチャラとかなくね? もっと誠意見せてくれねーとなぁ? おっさん」


 明らかに他人を脅して生きてきたタイプのチンピラがお偉いさんにメンチを切っている。装飾品をひったくり、自分の懐に入れるまでの流れるような鮮やかさ。威圧感はこちらを伺う鎧騎士どころか同じ仲間であろう私達にも向けられている。

 隙を晒せばこちらにも被害が出ることを予見させた。

 ちなみにこの男は聖騎士らしい。聖の字が違くない?

 そう思わざるをえない。


「ねーえ、このお話いつまで続くのー? 夢乃疲れちゃった〜。お風呂入りたーい、ねぇここってお風呂あるのー? ないとかありえないよねーキャハハ」


 これまた強烈な個性を見せつける三人目。

 同性として要求はわからなくもないが、時と場所を選んで言えと言いたい。

 甘えたら誰かが助けてくれたんだろうな。そんな甘えが見て取れる。

 しかもこの少女は聖女だと言う。


「それで、オバハンの職業は何よ?」

「えーと……あははー商人かなー?」

「は? 商人とかいらなくね? 後ろのお前らは?」

「理容師……です」

「そっちは?」

「美容……整形師、です」

「はーーー? なぁ、おっさん。こいつらと本当に一緒に冒険しなきゃなんないわけ? マージン山分けで? うっぜ」


 端的に言って、私達は追放された。

 召喚してくれた国は引き留めてくれたが、ワンマン勇者は自分たちの取り分を確保するために容赦なく足切りをしたのだ。


「あの、これからどうしましょう?」

「あーね。どうしよっか?」

「その前に自己紹介しませんか?」

「だねー」


 途方に暮れた私達は、ここに至るまでの軽い近況報告を兼ねて自己紹介をした。

 肩口で切り揃えた少女は御堂キサラ。

 親が美容師で、専門学校に通いながら家の手伝いをしていたそうだ。

 もう一人のオドオドした少女は獅童凛。

 こっちの子は気持ちぽっちゃり系で、その体型からよくいじめられてるそうだ。同級生のキサラちゃんはそれを見過ごせず、一度助けてから一緒に無視されてるそうだ。

 

「私は但馬茉莉。一応会社員よ」

「OLですか」

「そんな華々しいもんじゃないわよ。女はお茶汲みだけしてればいいって時代は終わったわ」

「そんなもんなんですかー」

「そんなものよー」


 ぐぅうううう。

 そう言えば、起きてから食事してなかったことを思い出す。


「お腹すいたねー」

「すきましたねー」

「あの、飴、あり……ましゅ」


 凛ちゃんがオズオズと雨の袋を差し出した。


「ありがとう、凛ちゃん。いいこいいこ」

「あう……うぅ」

「あはは、凛。よかったね、茉莉さんが優しい人で」

「優しいのかなー?」


 自覚はない。優しくあれ、と身構えてはいるけど忙しすぎるとそんな余裕は一瞬で潰えるよねー。


「少なくとも、あの時喚ばれた中では」

「あー……」


 あのメンツと比べられたらちょっとねー。

 この中でマシなの自分だけじゃないって思ったくらいだもん。

 あれが勇者とか聞いた時はこの世界終わったって思った。

 あれに従うとかないわー。

 前の仕事の主任がマシに思えるくらいよ?


「人ってね、優しさを忘れるとどこまでも傲慢に振る舞うの」

「実感こもってますね」

「あうぅ……うぐぅ」


 自分で思っている以上に自分は壊れかけていたらしい。

 私の笑顔を直視して凛ちゃんが泣くほどだ。

 あー、癒しが欲しい。

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