クリスマス特別編「魔女の素敵なクリスマス」
流行に敏感な魔法界の人々による日課の人間界ウォッチは、またしても魔法界に新たな流行を作り出していた。なまじ宗教という概念の薄いために、魔法界はろくな祝祭の日を持たない。そこへ現れた、人間界の「クリスマス」という文化は、彼らの目を焼くのではないかというほどに輝かしく見えたのだ。
「ええもちろん! 今日はパパにとびっきりの御馳走を用意してもらうの。だってあたくしはとびっきりのプレゼントを用意してますもの」
「プレゼントはあたくし、なんてベタはしないよな?」
「あーたたちに教えるはずないでしょ! すーぐ言いふらしちゃうんだからまったく」
GALAでのティータイム、各々は(サファイヤ以外)やけに悩んだ表情を浮かべていた。
人間界のキラキラした文化。乗っかっておきたい。あわよくば何か、こう、発展などは狙えないだろうか。詳しいことは伏せるけれども。
「エメちゃんはねえ、ベタなんスけど、コーヒーチケットにするかなーって」
「いいわねえ。使ってくれるでしょうし、使うたんびにあーたを思い出すのよ。素敵!」
「おっ、おっと、おっとっと? そこまで考えてなかったっスね。脚本のひとそこまで考えてないと思うよってやつっスね。そっか、使うたんびに思い出しちゃうか。うーん、なおさら外せねえっスね」
「敢えて、eギフトじゃなく、現物の方が良いんじゃないか。なあ?」
他人にアドバイスを出している場合ではないのだが、アメジストは平然と、編集からの催促を無視する。魔法界にクリスマス・ホリディはまだない。
「用意してあげなくていいの? からかうチャンスじゃない」
「ならん。あいつに贈答品を準備するとどうなるか、このあいだのパーティ帰りでじゅうぶんに理解した。おかげさまで、ここのところは働き詰めだ。あいつがスケジュール管理を徹底してるからな。おちおち遊びにも行けやしない」
「叱りつけちゃえばいいじゃない。しないんだもの。ジスってばそういうところよ」
「うるさいなあ。おまえはいいよなあ、シャノアールくんが素直を獣人にしたような子で」
ルビーは勝ち誇った顔をして、それから、突っ伏した。
「お手上げよ……」
「ツケだわよ。あーたはいつもいつでもなんでもかんでもプレゼントしてるから、特別さに欠けるの」
「仰る通りでグゥの音も出ないわ。どうしたらいいかしら」
「意外と、ラッピング変えるだけで反応も変わったりして。あの子ならありえるっスよ」
ここまで話に挟まってこなかったトパーズに視線が集まる。ゆったりとカップを傾けていたのだが、急に視線を感じて固まっている。
「余裕そうね。何を用意したのか参考にさせてもらってもいいかしら?」
「えとえとえと、その……実は、これを」
トパーズが鍵束から一本の鍵を取り出す。それは、一冊の分厚い本に変わった。
「子供用の本じゃないか。確かに我々から見たタオくんは子供も子供だが……」
「子供は子供でも、子供騙しはどうなんスか」
「タオくん、読み書きができなかったんです」
空気が固まった。この魔法界に、それだけはありえないからだ。それこそ「透明な存在」でない限り、必ず、子供たちには生きてゆくための手段が用意される。その最たるところが読み書きであった。
「おはなしは、読み聞かせだけ。筆を握ったことも、ドリルに触れたこともなかったんです。でも、タオくんは本当にすごいひと……まるで掃除機! 知識をどんどん吸い込んで、その興味は尽きることがなくて! 学ぶところがあるって思うのもそうなんですけれど、せっかくなら……同じものを見てみたくて」
目元をおさえたアメジストだったが、バッと顔を上げる。
「待てよ……いいぞ、いいじゃないか! ああ! そうだ! いいぞ、浮かんだ!」
「どの締切?」
「今夜が最終ベリベリラスト完全デッドオブデッドオブデッドラインの、子供向け雑誌のおはなしコーナーだ。読み書きのできないはぐれものの男が、聡明な女に恋をする。通じ合うすべを持たない彼らだが、女は読み物の本で男に読み書きを教える。やがて同じ視点でものを見られるようになった彼らは同じ思いを抱くようになり……ああ! さすがだトパーズくん! まさかこの私がこんなロマンチックな話を思いつくとは! こうしちゃおれん、帰る! よおし待っていろよファンども、これが私からのクリスマスプレゼントだ! ハハハーッワハハハハーッ」
原稿ハイ時特有の高笑いと共に高らかに箒で飛び去ってゆくアメジスト。ルビーはふと、トパーズの本の表紙を見て、それから細い目をくわっと見開いた。
「閃いた」
「通報?」
「しなくていいわよ! 違うの、閃いたのよ!」
「だから通報。呼んだ方がよろしいんじゃないの?」
「公的機関をそう使うのは憧れるけどいまはダメ。ああ、この手触り! ベロアのいい生地を作ってあげなくちゃ。手袋を作るのよ!」
そして「型紙借りるわ!」と勝手に店内の型紙棚から手袋のものを取り出すと、ルビーも同様に箒でさっさと帰って行った。
「エメちゃんもコーヒーチケット買ってこよーっと。いひひ、使っても使っても終わんねえ額入れちゃろ」
「なんだかプレゼントに人気らしいわよ。急いだら?」
「エメちゃん、爆走モードで田舎の売れねえ地域に貢献してくるっス」
音速の機械化箒を見送り、サファイヤはウフフと微笑んだ。
「クリスマスって、とっても素敵ね! あなたのプレゼントも、本当に素敵よ」
「ちなみに、サファイヤさんは、何を?」
「決まってるじゃない。プレゼントはあたくしですよ。ここのところパパとは予定が合わないようにわざとずらしていたの。甘えん坊さんに磨きのかかったパパは本当にかわいいのよ!」
「魔女ですね……」
「魔女よ!」
「ジェイ、チキンは焼けましたか。おなかが空いたのですが」
「ああ、去年はどこかの誰かさんが好奇心に負けて凍ったまま油に放り込んでくれたおかげでありつけなかったが、今年はチキンもケーキも準備万端だ」
「その節は、すみませんでした。本当に予知の通りになるのか気になって」
「違うね。俺はユーチューブの履歴を知ってるんだぜ」
FIN.
The Great Escape #season2 有池 アズマ @southern720
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