第8話/Tequila

 パトランプをつけた機械化放棄がとてつもない速度で首都上空を飛び回っている。自分以外の速度違反の箒を片っ端から捕まえてやるという強い意志を感じさせる。捕まった箒の操箒手たちはろくに事態を飲み込めぬまま、交機隊員たちに次々引き渡されてゆく。地上からは、ガラの悪い声援が一つだけ飛んでいた。

「いいぞー! いいぞパーティ野郎! ブチのめせ! 左フックだ!」

「隊長……」

 気まずそうにしている隊員たちなどには目もくれず、二人はやるせない怒りを散らかすため、空を駆け、怒号を飛ばし、手錠を振り回す。

 なみなみ注がれた「ビールちゃん」は、二人の口に入ることはなかった。乾杯の直前、二人のスマホが鳴ったのだ。嫌な予感は的中し、賞金の出ないダービーの開始の鐘、その幻聴が響いた。

「こいつでラストだ!」

「よくやった! これで広い空を手に入れたぞ」

「サクサク終わらせよ~」

 目的は速度違反の箒を片っ端から捕まえることではない。それはあくまで邪魔だったからで、手段にすぎない。

「さ~て……この広~い首都ン中に、犯罪者がどんだけいると思ってんだ?」

「ザコはほっといてさ、メインだけ確保しちゃいましょーよ。つーかザコはさあ、下の子たちに譲ってやんないと。下の子たちがいつまでも上がってこれないじゃんスか」

「そこは、努力なんだよ。さてメインだが、おさらいといこうか。犬猫ウサギに鳥、種族サイズ性別問わず、ペットが連れ去られ、獣人が誘拐される被害が短期間に集中して起こっている。ほとんどが日中の人目のないところや、夜間の繁華街での現行犯だ。ペットに関しては、ほぼ、ひったくり。というわけで、現行犯が出た場合、それを敢えてこの場では捕えず、とにかく追跡する」

「犯人がみんな、雇われっぽいんだもんね。大元がいて、そこに持ち込んでる可能性が高い」

「隊長!」

 交機隊員の一人がビャクダンのもとへ駆け寄ってくる。

「先程捕えていただいたうちの一人が、怪しい状態の獣人を連れていまして……」

「怪しい状態ってなんだ」

「とてつもない酩酊状態なんです。酒にクスリを合わせたような、とにかく意識が朦朧としています」

「わかった、見に行く」

 ついていったエメラルドが、妙に顔立ちの整った白ウサギの獣人が呻きながら横になっているのを「あー!」と指差す。

「なんだよ。しかしまあ、錯乱してても小綺麗なツラしてるな」

「飲み友達のツキちゃん! そりゃこの時間だしベロベロよ」

「……まだ二十時だが」

「ツキちゃ~ん大丈夫? ちょっと話聞きたいから酔い醒ますね。ホイ!」

 ツキの顔の前でゆらゆら手を揺らした後、パチン!と指を鳴らす。ぐらついていたツキの視点がバチンと戻った。

「なっ、なんじゃあ!? おあ! エメやないけ!」

 ガラガラに酒ヤケした「おじさん」の声と、やや巻き舌気味のどこのものかは不正確な方言。ビャクダンは苦い顔で思わず本音を漏らす。

「喋らないでほしかったな」

「ツキちゃん攫われかけてたんスよ~。大丈夫マジで? 殴られたりとかしてない?」

 ツキは頭をボリボリ掻く(フケもフワフワ飛ぶ)と、律儀に答えてくれた。

「そりゃないのォ。しっかしまあ~随分飲んだちゅうんに全然酔うとらんのう。おし! も一軒行くか! おうエメ、ついとくるかえ」

「エメちゃんいま働き者なんスよ。あといまツキちゃんが酔ってなく感じるのはエメちゃんの魔法だね。超一時的な酔い醒ましだからすぐぶり返すよ」

「そらァええ! 吐くまで飲んだるけえの」

「ちょ、ちょっと、いいか?」

 顔と中身のギャップにようやくついていけるようになったビャクダンが、手帳片手に二人の間に割り込む。ビャクダンが警察とわかるとツキはあからさまに嫌そうな顔をしたが、やはり律儀に対応してくれる。

「なんじゃ、はよせえ」

「コイツがアンタ攫ったんだ。何されたか、覚えてるか?」

 学生らしい身なりの男がビャクダンに連れられて出てくる。ツキを見ると、はにかむ。

「あ? あー……? おお! コイツか。気前良ぉ酒奢ってくれてのう! あー、まあ、しゃあないのう。ワシャこんだけ顔がええんじゃ、連れ去りじゃ何じゃは日常茶飯事じゃ。まあそんなんは返り討ちじゃけえの! ガハハ」

「いや今回は捕まってんじゃん。これ酒になんか混ぜられてんな」

 ツキはそのまま保護となり、ツキを連れ去ろうとした男はそのままビャクダンに詰め寄られている。

「おい、現行犯。この時世に獣人攫って何する気だった」

「攫うだなんて言いがかりはよしてくれよ! オレはただ、あの子にお酒飲ませて、指定の場所まで送ってやってくれって言われただけなんだよ!」

「怪しさ満点だろうが! 報酬とかに釣られたクチか?」

「ああ、まあ、小遣いにしちゃちょっといい値段だとは、思ったけど」

 あっけらかんと言う箒乗り。彼自身は飲酒していないし、速度は多少の超過であった。本当に、言われた通りに、報酬金が欲しかっただけなのだろう。

「しばらくは、署に事情聴取で置いてやる。その指定の場所とやらを教えろ」

「え、はあ……北区の小学校跡地ですけど」



「怪しいと思わねえのかよ、ここをよ……」

「お上りさんなんじゃないスかね」

 夜も深まってくると、北区は低所得層の人々でごった返してくる。安酒を煽りに、体にとにかくアルコールを注ぎ込むために、ここへ集まってくる。小学校跡地とは、聞こえは普通だが要するに廃校のことだ。異邦人の目撃情報も多発する危険区域である。

「肝試しの定番スポットなんてのは、学生にゃ有名じゃねえのか?」

「最近流行ってないのかもスね。悲しいね、時代の流れ。あとツキちゃんはそういうニブそ~なひと狙ってとっ捕まえてしこたま奢らせるからね」

「それは何らかの罪状でしょっ引けねえか?」

 酒盛りのどんちゃん騒ぎから少し離れたところにいる二人のもとへ、「あのう」と声をかけてくる者があった。こちらも、あまり北区、しかもせんべろ街には似合わなそうな出立ちの男だ。スッ、と二人に名刺を渡してくる。

「クソ鳥ンとこの出版社じゃねえか。何の用だ?」

「その鳥の上司から、ご伝言を預かっておりまして」

「あー、サフィ姐とデートだもんね」

「肝心なときに使えねえ鳥だな。それで?」

 男は眼鏡を上げてから、ぺらぺらと喋りだした。

「北区のせんべろ街はかつて、ペットショップが立ち並んでいたそうです。そこへ、最近頻発している連れ去り事件。北区に連れてくるよう指示された実行役は、この近辺にあるらしいペットショップに被害者を連れ込んでいるんです」

 そこまでたどり着けないような警察だと思ったか。

 ビャクダンが文句をつける前にエメラルドがビャクダンの口に平手をベチンと置いた。そのままで聞き返す。

「ペットショップ?」

「それも非合法の、です」

「……なんで、いや、アイツならその手の情報は掴んでるよな。で? それを俺らに伝える理由はなんだってんだ」

「そのペットショップを運営しているらしいと噂の、通称『ブリーダー』のジジイがいまして、彼のつけているコロンと、この北区では顔と名の知れた青年のコロンとが同じなんですよ。最近ここで青年の方を見なくなったと思ったら、首都で見かけたんで驚きました」

 エメラルドもビャクダンも、次の段階の考察に至っている。非合法ペットショップを検挙することと、出自のわからない者について追うことが、おそらくは同じことへと帰結する。

「ではこれで」

「あざーっス」

「協力感謝する。ああ! 鳥野郎に言ったんじゃない、きみに言ったんだ」

「どうも」

 インタビュワーは潜入のための薄汚れたジャケットを脱ぎ捨て、去って行った。ジャケットはすぐさま誰かが拾い上げ、まるで最初から自分のものだったかのように着込む。ポケットの隅々まで調べて、何も入っていないことに肩を落とすのだが、タダで服が手に入ったことは満足そうだ。

「コロン。コロンね。ジイさんと若ェ男のコロンが被ることがあるかねえ」

「あるかもよ~。案外同じ屋根の下で暮らしてんのかもよ」

「気色悪ィ。養うならペットにしろ」

「そうなのかもね。ジイさんからしたら、坊やはペット。とびきり甘やかしちゃう、手も上げない、か~わいいペット」

「人権侵害だそんなモン。だがまあ……無ェとは言い切れねえんだよな。何せここァ魔法界だ」

 エメラルドが顔の前でひらひら手を振る。別人の顔が一瞬見えたので驚くビャクダンだったが、すぐさま仕組みを理解する。

「俺にも頼む」

「よしきた。こっからはウチらの得意分野スね!」

 二人の男女が、誰も知るはずのない二人が、せんべろ街へと繰り出す。ただの飲みに出向くにしては、やけにアップテンポな曲の似合うカットだ。

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