第50話 ルート1 黒鬼姫 9

 ボクは黒鬼姫さんに歩み寄っていく。

 ヒメさんから持っていたカッターを、近くのテーブルに置いた。

 相原さんとの格付けを終えて、黒鬼姫さんは敗北した。


 項垂れる彼女の前に僕は座った。


「ヒメさん」

「……」

「話をしよう。今は話す気がないかもしれないから、僕の話を聞いて」

「……」

「相原さん。なんだか凄かったね」


 ビクッとヒメさんの肩が震える。

 どうやら相原さんに苦手意識でも持ってしまったかな?


「ヒメさん。君が嫉妬や不安を感じていたことは気づいていたよ」

「……」

「だけど、付き合う前の君は僕のことを考え、僕のことだけを見ていてくれた」

「今だって」

「そうだね。今も君は僕を好きでいてくれていると信じているよ。だから、聞いてほしい。僕は黒鬼姫が大好きだ」

「あっ」

「僕を信じてよ。君が守らなくても、僕は君を好きで付き合っていきたい。もちろん、君が嫌いになって僕と別れたいと思う時が来るかもしれない」

「そんなの絶対にない!」

「それはわからないけど。でも、どんなことがあっても僕は君を好きだよ」

「うん」


 美人で、大人びていて、グラマラスで。


 見た目は誰もが振り返るような女性なのに、これまでの人生が彼女を偏った考え方にさせてきた。


 こんなにも弱々しくて、何かに縋らないと生きて生きない人にしてしまった。


 相原さんが、ヒメさんは僕の周りにいる人を敵として見ているのだと教えてくれた。外敵を排除して見張っているから、僕を見ている余裕がないんだって。


「嫌だったごめんね」


 僕は黒鬼姫さん抱きしめた。


「あっ、あの」

「嫌かな?」

「嫌、じゃないです」


 恥ずかしそうにモジモジする黒鬼姫さん。

 既成事実と言ったりする彼女だが、二人きりになろうとするけど本当はあまり知識がないことを知っている。あの不器用なキス以外は腕を組んだ程度で、それ以上はしてこない。


 大胆な服を着るのにその知識を持たないアンバランスなヒメさん。


「ねぇ、姫さん僕の体温がわかるかな?」

「えっ?」

「僕ね。今凄く恥ずかしいんだ。姫さんを抱きしめてドキドキしている」

「……うん」

「ヒメさんっていい匂いがするんだね」

「だっダメ。嗅がないで」

「これだけ近いと嗅いでないのに、わかるよ。僕の匂いもわかるでしょ」

「うん。いい匂いがする」


 先ほどまではヒメさんは確かにおかしくなっていた。

 だけど、相原さんに打ちのめされて逆上するのではなく、項垂れたヒメさんに僕は安堵していた。


「今のヒメさんは逃げてしまいそうだから、このまま話をするね」

 

 僕は彼女を抱きしめて、彼女の耳元で囁くように話をする。


「僕が思っている以上に君は繊細で、気配りが出来て、色々なことに気づいてしまう人なんだと思う。それはとても過敏に反応してしまうんだろうね」


 僕が話をするたびに、くすぐったいのかヒメさんがビクッと反応する。


「思いやりがあって、感受性が豊かで、緊張しやすくて、深い感情の豊かさを持っているんだと思う。それは他の人は持っていないヒメさん特有の性格だと思う」

「わっ、私は他の人と違うから嫌われて」

「ううん。みんな嫌いじゃないよ」

「でも、今まで」

「嫌いじゃなくて、怖いんだ」

「えっ? 怖い?」

「うん。自分とは違う。自分じゃわからない。特別な存在。それは崇拝の対象にもなけど、ほとんどの場合、異質として怖い物になってしまう。でも、それはね。みんながヒメさんを知らないからなんだよ」


 僕は彼女が落ち着けるように、背中を摩りながらゆっくりと話を続ける。


「僕の勝手な判断だけど、どうかな?」


 抱きしめる力を緩めて彼女を見ると、涙を浮かべて顔を赤くしていた。

 

「わっ、わからないの。私は自分がわからない」

「うん。それが普通なんだと思うよ」

「えっ?」

「みんな、本当は自分のことですらわからないよ。だって、僕らはまだ18になったばかりだよ。知らないことの方が多いし。自分のことだってわからないのが当たり前なんだよ」


 僕は相原さんを好きになって、自分磨きを始めた。

 そうして自分がどれだけダメだったのか知ることができた。

 

 自分磨きの時間がなかったら、僕はヒメさんに語りかけられる余裕などなかった。


 かっこいい相原さん。

 彼女は彼氏が出来て成長したんだと思う。


 僕もまた自分磨きをして、彼女との恋愛を経験して成長できた。


 だから、ヒメさんにも僕と恋愛をして成長してほしい。


「二人で、一緒にこれからを成長していけばいいんじゃないかな?」

「あっああぁぁぁっ〜!!!!」


 情緒が不安定になっていたんだと思う。

 それからの彼女はたくさん泣いて、たくさん僕に謝ってくれて、たくさん今までの思いを語り聞かせてくれた。


 それは彼女の辛さで、彼女の心を作る思春期の思い出。


 今の彼女を作ったのは間違いなく、これまでの環境だったと思う。


 だけど、これからの未来は僕が彼女の側にいる。


「落ち着いたかい?」


 濡らしてきたタオルを彼女の顔に当ててあげる。

 グチャグチャになった彼女の顔は、きっと他の人が見たらイメージが崩れてしまうだろう。


「こっ、こんな私嫌だよね。ごめんね、レン君。わっ私」

「ううん。泣いている君も、僕は可愛いって思えてしまうんだ。好きだって思うよ」


 僕は泣き顔の彼女にキスをした。

 それは僕から彼女へする。

 

 初めてのキスだった。

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