第49話 ルート1 黒鬼姫 8

 ボクは状況の整理をするために大きく息を吐いた。


 黒鬼姫さんから入った留守番電話。

 そこには、ボクへ対して疑問を感じたことを伺える声が録音されていて、ボクは彼女の変化に気づいて図書館にやってきた。

 図書館では、相原さんが椅子に縛られて、猿轡をされ、カッターナイフを持った黒鬼姫さんの姿があった。


 どうやら意識を失っているのか、相原さんはなんの反応もしていない。


 まさか死んでいる? そんなことも考えたが、息はしていることは胸の上下で確認できた。


「どうして? どうしてこの女ばっかり見るの!」

「心配しているからだよ」

 

 僕は到着した時よりも気持ちが落ち着いていくのを感じる。

 状況は落ち着けるようなはずがないのに、なぜか心はスッと冷たくなる。


「どうして? どうしてこの女を心配するの!? あなたは私の彼氏でしょ!」

「彼氏だからだよ。君が間違ったことをしているから責任を取るのも僕の役目だ」

「ツッ! ふふ、嬉しいわ。あなたは私の彼氏よね」


 恍惚した表情で身悶えるヒメさん。

 僕はそんな彼女に一歩近づく。


「ダメよ。止まって」


 だが、僕の動きに気づいた彼女がすぐに反応する。


「話をするのに、相原さんは関係ないよ。離してあげて」

「ダメよ。この女は私のレンに会いにきた。それだけじゃない。レンがこの女を好きだったことを私は知っている。そして、この女がレンに告白したことも」

「……ねぇ、どうして知ってるの?」

「えっ?」

「僕が相原さんを好きなことは、僕を見ていればわかるのはわかるよ。だけど、相原さんが告白した時に廊下に誰もいなかったよ。相原さんが飛び出した後に、僕は返事ができなくて落ち込んでいた。その時に出会ったのはチナちゃんだけだった。チナちゃんも相原さんが立ち去った後に来て状況をわかっていなかったよ」


 僕の言葉に今まで独特な反応を示していたヒメさんが今までとは違う反応を見せる。


「ふふ、ふふふふふっふっふふっふふふふふふふふはっははははっはははっはあっはははははははっははははははっはははははああはははあはっははははっ」


 突然笑い出したヒメさん。


 その笑い声によって相原さんの方がビクッと震えて目が覚めたことがわかる。


「んんん!!!」


 僕は急いで相原さんに近づいて猿轡と拘束を解いた。


「えっ? 何? ここはどこ?」

「相原さん。僕の声がわかる?」

「えっ? レン? レンここはどこ? 何が起きているの?」

「ごめんね。相原さんを巻き込んでしまって」


 相原さんは僕と黒鬼姫さんを見て、余計に状況を理解できないように慌てた顔をする。


「そう、あなたは彼女を助けるのね」

「レン?」

「なんて説明すればいいのか、僕にもわからなくてね」

「そうよ。あの日、体育祭の日。私はレン君を探して図書室にきた。そこであなたたち二人が話しているのを見たのよ」


 彼女の目は狂気に染まり、カッターを僕らに向ける。


「そこで、その女がレン君に告白していた。私は好きな人が好きな相手に告白されている。それを見て絶望したの」

「えっ? レンが私を好き?」


 相原さんが僕を見上げる。


「だけど、レン君はその女の告白に返事をしなかった」

「そうね。レンは私の告白を受け入れなかった」

「そして、私に告白をしてくれた」

「えっ! まだ付き合ってなかったの?」

「ねぇ、黙ってくれない? 今は私がレン君と話しているの!!!」


 姫さんが相原さんにイライラした口調で怒鳴りつけた。


「なんだか、状況はわからないけどなんとなくわかったよ」


 相原さんはヒメさんに怒鳴られてもケロッとした顔をして立ち上がった。


「なっ! 何よ」

「あなたは私にレンを取られると思って、私に酷いことをしようとしたんだね」

「……」


 相原さんの言葉にヒメさんが沈黙して睨みつける。


「あなたってバカね」

「ハァ!!!」

「だってそうじゃない。レンに選ばれたくせにそれを不安に感じて、わざわざレンが嫌がることをして気を引こうとしている。レンと仲良くすることを優先しないで邪魔者の排除を考えて勝手に自滅してくれるんでしょ?」


 相原さんはヒメさんに対して一歩も引くことなくハッキリとヒメさんに対して喧嘩を売っている。

 僕はもしも相原さんに何かあったらと思って、守れる位置に場所をとって二人の様子を眺めた。


「レン君は私の彼氏なのよ!」

「そうね。形ではそうだけど、あなたはレンを見ていない」

「なっ!」

「レンを見ているなら、レンが何を好きで、レンとどんなことをしたら楽しいのか考えて、レンといる時間が幸せって思えるでしょ? それをしないあなたはレンを見ていない」


 僕は不思議な光景を見ていた。


 僕が好きだった人が、僕の彼女を圧倒している。


「わっ私はレン君を誰よりも見ているわ! あなたなんかに負けないわよ!」

「あのね。誰かと競うものじゃないでしょ」

「えっ……」

「ハァ、本当に馬鹿馬鹿しいわね。あなたはバカ。それを自覚しないさい。そうじゃなきゃレンを本当に失うわよ」


 相原さんはそれまでの挑発する口調から、優しい口調に変わる。


「レンはあなたを選んだ。そして、こんな状況でもあなたと別れると口にしていないのでしょ?」


 相原さんが僕を見る。

 ヒメさんの視線も僕を見ていた。


 僕は二人の視線に応えるように、前にでる。


「うん。僕はまだヒメさんと理解し合えている思っていないんだ。まだ彼女を知らないまま別れるとは思っていないよ」

「ほらね。レンってこういう奴なのよ」

「よくわかっているね」

「一年間、あなたの親友をしていたのよ。わかるわよ」


 本当に相原さんは良い女だな。


「黒鬼さん。あなたはまずレンの話を聞いて、レンをちゃんと見なさい。好きならね」

「好きよ!」

「なら、レンの周りじゃなくて、レンを見なさいよ!」

「うっ」

「それから、レン」

「はい!」

「彼女なんだから、しっかりと捕まえておきなさい! 私みたいに巻き込まれる人を出してはダメよ!」

「はい! でも、ありがとう」

「本当に仕方ないわね。それと黒鬼さん」

「えっ?」

「ちゃんと落ち着いて、レンと上手くいったなら、私と友達になりましょう」


 相原さんはカッコいいな。

 

 僕はこの人を好きになって良かったと心から思う。


「わっ、私」

「あなたの心は弱い。だから、友人を作って強くなる努力をしましょう。その手伝いを私もしてあげるわ。だけど、まずはレンと話すこといいわね!」

「は……い」

「それじゃ! 私は帰るわ。レン、彼女と別れるなら、今度は私を付き合ってね」

「なっ!」


 最後に爆弾を残していくことも忘れない相原さんは、さすがだね。


 颯爽と去っていく相原さんのおかげで、狂気的な雰囲気はぶち壊されて、僕はヒメさんを見て笑ってしまう。


「ヒメ、話をしよう」

「はい」


 言い負かされて、大人しくなったヒメさんは話を聞いてくれた。

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