第38話 体育祭の終わり
日が傾き始め、閉会式が行われた会場は少しだけ寂しさと悲しさがあるように感じる。
チナちゃんは運動部として入学していたから、短距離走や他の運動系競技に参加して活躍していた。
ヒメさんとは二人三脚で一位になれてよかった。その後に囁かれたサービスってなんだろう。
相原さんは、応援合戦で誰よりも声を出してダンスを踊っていた。
明るくて可愛くて、やっぱり人の中心になれる人なんだって、改めて相原さんの凄さが伝わってきた。
三人の女性たちを視線で追っている僕がいた。
「レン」
教室から出て、図書室へ向かう廊下で呼び止められる。
「相原さん」
彼女から声をかけられるのも久しぶりだ。
「話があるんだけどいい?
「うん。もちろんだよ」
僕らは図書室に入って夕陽に照らされた図書室で二人きりになる。
体育祭の日に本を借りに来る物好きは僕らだけだったようだ。
「僕が図書室に来るってよくわかったね」
「だって、他に何かをしていても、レンは本が好きでしょ?」
「まぁね」
「ねぇ、レン」
「何?」
「私ね。彼と別れようと思うんだ」
僕は言葉が出てこなかった。
ツバキ姉さんが言っていたタイミングがきた。
「そうか、何かあった?」
「ううん。気づいただけ。私は彼を好きなのかわからないってことに」
「好きなのかわからない?」
「うん。最初はね。かっこいいなって思ってた。身長が高くて、年上で」
相原さんが、彼を褒めるたびに胸がズキっと痛みが走る。
だけど、相原さんが彼と付き合うと告げた時よりも痛くない。
これは僕が喜んでいるから? 彼女が彼と別れることを?
「だけどね、話をするたびに噛み合わなくて、彼が求めることと、私が求めることに違いが出始めた」
彼が求めたことは聞いている。
キスや、それ以上のことを相原さんに求めたんだと思う。
相原さんは? 彼女は彼に何を求めたんだろ?
「すれ違うことは恋愛小説でもよくあることだね」
「そうね。本の世界だけだって思ってた。だけど、現実の方がもっと難しいね。本の世界は登場人物たちに早く気づいてって、何度も思うの。だけど、私たちが見ていてことは当事者にはわからなくて、それって現実も同じなんだね」
僕はなんて言葉を返したらいいのかわからなくて、無言になってしまう。
「彼がどんな人で、私と合うのかどうかわかっていたら付き合わなかったのにな」
相原さんの瞳に涙が浮かぶ。
ツバキ姉さんが言っていたタイミング。
ここで優しい言葉をかけて、相原さんに僕を男として意識させればいい。
「レン」
「うん」
「私、レンのことが好きだったみたい。だけど、レンの横には黒鬼さんがいて、私がレンの隣にいることができなくなっちゃった! もっと早く気づいていたら、横にいられたのかな?」
涙を流す相原さん。
僕の隣には誰もいないよ。
誤解だよ。
僕も相原さんが好きだ。
言葉を発せられたなら、相原さんと付き合える?
だけど、脳裏にヒメさん、チナちゃんの顔が浮かんでは消える。
ここで僕が相原さんと付き合ったら? 幸せ? 彼女はまだ彼氏と別れていないのに? 自分の気持ちわからない。
「ごめんなさい。レンが私を好きなら、今まで私は彼氏の相談をして凄く最低なことをした。だから、レンが私のことを好きなはずないのに、もしかしたらって」
早口で言葉を発する相原さんはそのまま図書室を飛び出していく。
僕はツバキ姉さんが教えてくれて、相原さんがくれたチャンスで動くことができなかった。
彼と別れる決意をして、心が弱ってしまった彼女につけこむ気がして何も言えなかった。
「追いかけなきゃ」
飛び出した相原さんを追いかけて図書室を飛び出す。
だけど、一歩遅れた僕の視界には、相原さんの姿はどこにもなくて立ち止まる。
「何やってんだろ」
相原さんと付き合えたかもしれない。
それなのに一歩を踏み出すことができなかった。
「バカ! 僕はバカだ! 好きなんだろ?! なんで追いかけないんだよ! なんであの時好きだって言わないんだよ!」
相原さんから告白してくれた? 現実に思えなくて頭が追いつかなかった。
「何やってんだよ」
僕は座り込んで頭を抱える。
全部ツバキ姉さんが言っていた通りになった。
自分磨きをしている間に相原さんが彼氏と別れてチャンスはやってくる。
今、そのチャンスが来たはずだった。
そのはずなのに動けなかった。
ツバキ姉さんに予測もしてもらっていたのにダメだった。
「僕がヘタレなんだ。一歩踏み出す勇気が持てなかった」
相原さんを傷つけた。
相原さんに誤解された。
相原さんは僕には彼女ができたと思っている?
「ハァ」
僕は壁に持たれて息を吐いて項垂れる。
「レン先輩?」
名を呼ばれて顔を上げると、チナちゃんがいた。
「チナちゃん? ごめん。なんでもないんだ。なんでもないから、少しだけ一人にしてほしい」
僕は立ち上がれなくて、チナちゃんから顔を背ける。
ふわりと、良い匂いがして、僕の頭が包み込まれる。
「えっ?」
「辛いことがあったんですね」
「チナちゃん?」
「私も試合で負けた時とか、辛いと思うことはたくさんあります。だから、わかるんです。先輩は辛いことがあった。それを自分の中で止めようとしている。それはダメです。辛いことは誰かに吐き出すと、軽くなるんです。だから、私じゃ頼りないかもしれませんが、吐き出してください。私が受け止めます」
「いや、君に言うことじゃ」
「私じゃダメですか?」
「えっ?」
「先輩は好きな人にフラレちゃんじゃないんですか?」
相原さんにフられた? 違うよ。
フったのは僕の方だ。
僕が勇気を出していれば……。
「どんな気持ちでもいいです。私に吐き出してください。聞きますから」
チナちゃんの言葉に、僕は自分が不甲斐ないことをした。
それを口にした。
その間、チナちゃんはずっと僕の頭を抱きしめ続けてくれた。
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