第39話 黄昏時

 僕は年下のチナちゃんに甘えてしまった。

 しばらく愚痴を溢して、次第に冷静になってくると、気恥ずかしくなった。

 僕はチナちゃんにお礼を言って離れた。


「ありがとう。チナちゃんに聞いてもらって気持ちが軽くなったよ」

「お役に立てたなら嬉しいです」


 立ち上がると、背の低いチナちゃんが僕を見上げてくる。

 いつも笑顔なチナちゃん。

 そんなチナちゃんが、心配するような顔を向けている。


 見下ろしたチナちゃんの胸元に視線を向けてしまう。 

 先ほどまで、あの胸に抱きしめられていたんだ。

 

「あっ、あの」


 恥ずかしくて顔を背けてしまった。

 今更、僕はチナちゃんを女性だって認識した。

 いつもは妹のように思っていた子を、急に女性として意識する。


「大丈夫ですよ」

「えっ?」

「先輩は心が疲れてしまったんです」

「心が疲れた?」

「はい! 先輩は出会った頃から、ずっと何かを頑張っている人でした」


 チナちゃんと出会った時、僕は相原さんに彼氏が出来たと告げられたばかりの時だった。髪型を変えて、イメージチェンジを始めたばかりの頃。


「あっ、あれは」

「好きな人に振り向いてほしくて、頑張っていたんですよね」

「うっ、うん」

「先輩が見た目を変えて、スケボーを頑張って、勉強もして、本を読んで、人に挨拶をして、全部を頑張っているのを見てました」

「あっ」

「先輩は凄いです! 努力ができる人です!」


 半年以上、僕がやってきたことをチナちゃんは見てくれた。

 それはツバキ姉さんが教えてくれて、頑張ってきたことだ。

 誰かが見てくれているなんて思わなくて、誰かが応援してくれているなんて思わなくて、褒めてくれるなんて思いもしなかった。


「ありがとう」


 ヤバい、本気で泣きそうだ。


 相原さんに認めてほしくて頑張ってきた。

 好きだって言ってもらえて、認めてもらえたのに、僕は立ち止まってしまう。


 僕はなんのために頑張ってきたのかな? 振り向いて欲しい人が振り向いてくれたのに、答えることができなくて、別の子にそれを褒めてもらって嬉しいと感じてしまう。


「レン先輩」

「うん」

「私はレン先輩が好きです」

「えっ!」

「先輩が、私ではない人を好きなことを知っています。きっと、今日の先輩は好きな人に傷つけられたのだと思います。だから、今日先輩から答えを求めません。卑怯だって思ってしまうから。だけど、レン先輩を好きな女の子がいるって知っていて欲しいです! レン先輩!」

「はい!」

「大好きです!」


 窓から夕日が彼女を照らして、とても綺麗な笑顔だった。


 黄昏時、チナちゃんに告げられた言葉で時間が止まる。


「恥ずかしいから、今日は帰ります!」


 そう言ってチナちゃんは走り去っていく。


「あっ!」


 手を伸ばしても、足の速いチナちゃんを捕まえることはできなくて、僕の伸ばした手は空を切る。


 呼び止めることができなかった。


 相原さんが僕を好きだと言ってくれた。

 ヒメさんにも告白をしてもらった。

 そして、チナちゃんからも好きだと言ってもらった。


 ツバキ姉さんにイメージチェンジをするように指導を受けて、頑張ったことで三人の女性に好きだって言ってもらえた。


「僕は誰が好きなんだろう?」


 三人はそれぞれにいいところがあって、僕にはもったいないと思えるほど素敵な女の子たちだ。


「彼女たちに僕はどんな答えを出せばいいのかな?」


 じっと立ち尽くす僕が窓の外に視線を向けると、完全に日は沈んで外は暗くなっていた。

 三人から告げられた気持ちに、僕は答えを出さなければならない。


「帰ろう」


 図書室に置いていた鞄をとって、家に帰り着く。


 リビングにツバキ姉さんが座っていて、僕は彼女たちから受けた告白を相談すべきか悩んでやめた。


「レン?」


 半年前の僕なら、ツバキ姉さんに根負けして振られたことを告げていた。


「ツバキ姉さん」

「うん」

「僕は自分なりに誠実でいたいと思う」

「そう、もう答えは出ているの?」

「ううん。だけど、自分の気持ちと向き合おうと思っているよ」

「そうね。半年前のあなたとは随分と顔つきが変わったじゃない」

「ツバキ姉さん。本当にありがとう。姉さんが指導してくれたから、僕は今、自分に自信が持ててるよ」


 ツバキ姉さんに向けて僕は頭を下げた。


「良い男になったじゃない。本当に誰にも相手にされなかったら、私がレンの彼女になってあげたのに」

「冗談はやめてよ! ツバキ姉さんみたいないい女に釣り合うほどじゃないよ」

「おっ! 言うようになったじゃない。ねぇ、レン」

「何?」

「後悔をする選択をしてはダメよ」

「後悔をする選択?」

「ええ。妥協をしたり、仕方ないと思ったり、自分に言い訳をするような選択を選ぶぐらいなら、選択をしない方がいいわ」


 ツバキ姉さんは本当に凄い。

 

 もしも、今日の僕が相原さんの告白に即答していたら、本当によかったのか悩んでいたと思う。


 彼氏と別れていない相原さん。


 そして、自分の気持ちに気になる二人の存在。


 それを決めていないのに勢いで、答えを出してはいけないんだ。


「うん」

「そんな顔ができるなら大丈夫ね。レンはレンらしい答えを出しなさい」

「はい!」


 僕はもう一度ツバキ姉さんに向かって頭を下げて部屋へと戻った。

 

 

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