第37話 美人同級生は体育祭が嫌い?

《side 黒鬼姫》


 私は学校行事が嫌いです。


 これまでの人生で一度も楽しいと思えたことがありません。


 まだ小学校の低学年の頃は良かった。

 何も考えず、他者も私を見る視線は優しかったから。

 だけど、年齢を重ねるとともに、男性は私に構ってほしくて余計なことをするようになりました。

 それを見た女性は、派閥や己の価値を主張するように私を嫌いました。


 誰々が、私を好きだと言った。

 誰々が、私のことを気に入らないらしい。

 

 顔も名も一致しない人たちが、私を勝手に好きになり、勝手に気に食わないと私の生活を脅かしていく。


 今の私なら、レン君との時間を邪魔する者は排除してやれるのに、私の世界には……レン君と私がいればいい。


 世界は二人と、それ以外しか存在しない。

 

 彼に好かれるためならどんなことでもする。


 他の人に危害を加えるのは、レン君が好まないからしない。

 もしも許されるなら、レン君に近づく女は全て排除したい。

 それが親友のホノカちゃんでも、許せない。


「あっ、ごめん。ちょっと考え事を」

「いえ、最近はいつも何かを考えているようなので。それに怪我が痛む?」


 知っています。

 あなたが誰のことを考えているのか……。


 相原希。誰にでも優しくて、人当たりが良くて、明るくて、コミュケーション能力が高くて、可愛らしい人。


 私とは正反対の人間。


 男女誰からでも好かれるタイプの女性。

 レン君が思いを寄せる女性。


「それならいいのですが、あまり無理をしてはいけませんよ」

「うん。ありがとう。ねぇ、ヒメさんは体育祭は楽しみ?」

「私は、本当は苦手でした」

「えっ?」

「私はあまり人と話すのが得意ではないので、誰かと一緒に何かを成すというのは少し苦手です」


 相原さんよりも私のことを考えてほしい。

 それが可哀想だと思われたとしても、今は彼の横にいるのは私だから。

 彼に思われていたい。


 浅はかな考えだと分かっていても、そんな風に考えてしまう。


「なら、今年は一緒に楽しもう」


 彼は私を疑うことなく、優しく一緒に楽しもうと言ってくれる。

 運動が苦手だと話を合わせてくれる。


 やっぱりレン君は優しい。


 大好き。


「なんだか、体育祭が楽しみになってきました」


 ふと、彼の視線を感じて問いかけてしまう。


「どうかしましたか?」

「あっ! いや、笑った顔が綺麗だなって」

「えっ?」


 不意に告げられる彼からの嬉しい言葉はズルい。


「ごっ、ごめん。何言ってんだろ」

「レン君」

「はい!」

「嬉しいです」


 だからお返しにお礼を告げると彼は耳まで真っ赤にして恥ずかしがった。

 凄く可愛い。

 恥ずかしいのを誤魔化すためにレン君は、私の髪をメチャクチャにして誤魔化していた。


 彼が私に触れてくれる。


 それだけで嬉しくて、今日が楽しいと思えてしまう。


 時間が流れて、体育祭が開始される。

 

 高校最後の体育祭。


 始まる前から私の気持ちは高揚していて、クラスの雰囲気も凄く良い。


 走ったり、争ったりする競技は運動部の活躍が光る。


 レン君は下級生に知り合いの子が出ていた様子で、短距離走の時には応援に向かったので、レン君と一緒に応援に行くと。

 運動をしていそうなボーイッシュな美少女が、嬉しそうにレン君に手を振っている。


 レン君の応援を聞いて嬉しそうな顔をしていた。


 初めて見る子だけど、レン君が気にしている子なら気にしておこう。

 私は名前も知らない下級生を目に焼き付けて、その場を離れた。


 参加する競技が開始される。


 借り物競争

 二人三脚

 応援合戦

 

 レン君と共に列に並んで紐を結ぶ。

 膝に怪我をしている彼に無理をさせたくない。


 だけど、彼が私の腰に腕を回してくれて競技が開始された瞬間。


「ヒメさん。一番取りに行こう」


 彼の言葉に私の足は軽くなり、羽が生えたように前に進む。

 ずっと彼を見ているから、彼の息遣い、彼の足運び、彼とタイミングを合わせるなんて簡単なことだ。


 全ては、彼のために動けばいい。


「三年一組早い!!! 圧倒的大差で後続を引き離していく!」


 実況をしている放送部の声が聞こえてくる。


 誰もいないゴールテープをレン君と二人で過ぎ去る。


「やったね! ヒメさん。僕らが一位だ」


 レン君が笑顔で私に一位になったことを告げてくれる。

 一生懸命走って、息が上がっているはずなのに全然苦しくない。


「ヒメさんと一緒に一番になれて嬉しいよ!」


 彼はきっと私に体育祭を楽しませるために、全力で私のことを考えてくれている。


 それがとても嬉しい。


「レン君」


 私は名を呼んで彼の手を握った。


 彼から向けられる好意は、私に対する恋愛感情に到達していない。


 それでも少しだけ、彼から優しさが向けられ始めている。


 だから、ここで離してはいけない。


「えっ!」

「ありがとう。あなたのおかげよ!」


 本当はここで抱きしめてキスをしたい。

 だけど、それはやりすぎ。


 距離感を間違えて彼に嫌われるわけにはいかないのだから。


「二人の力だよ。僕の方こそありがとう。ヒメさんが気を遣ってくれているのも分かっているから」


 彼は膝を叩いて私に大丈夫だと伝えてくる。


 ごめんなさい。

 

 走る前までは気にしていたけど、走り出すと忘れてしまっていたの。


 あなたが思うよりも私は私の欲望に忠実なのよ。


 だから、あなたの優しさを絶対に私のものにしてみせるわ。


「二人でデートに行った時、お礼にいっぱいサービスするわね」


 私は二人で座って待っている間に、彼の耳元で囁いた。

 彼は耳を抑えて、私を見てまた顔を赤くする。


 とっても可愛い顔を独り占めしたくて仕方ない。

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