第35話 不思議な体験

 それはいつもと違う雰囲気の学校だった。

 

 登校時間には二時間も前の時間。

 体育祭の関係で朝練に来ている学生もいない。

 

 体育祭が近づいて、お祭り騒ぎのムードの中で人が居れば熱気に溢れているグランド。

 今の時間は空気が冷たく、6月の梅雨が近づいているにしても、ジメッとした空気は全くない。


 公園に行ったけど、チナちゃんが来なかったから、少し早めに学校にやってきた。公園では、いつもと同じように筋トレを終えてスケボーをした。運動をするようになって、体が引き締まり体が軽い。

 

 だから、いつもは学校ではやらないようにしているのに、ついスケボーにのって走り出した。


 風が気持ちいい。


 誰もいない学校。


 広い場所でスケボーに乗るって、すっごい贅沢。


 コンクリートの足場から、グラウンドに降りる階段。

 そこにある手すりに乗って、滑り降りる技をしようとジャンプする。


「レン?」

「えっ?」


 急に声をかけられて、僕は空中でバランスを崩した。


「うわっ!」


 咄嗟に受け身を取った。

 なんとか大惨事になるようなコケかたはしないで済んだ。


 だけど、大事なスケボーがグランドに飛んでいく。 


「あっ!」

「ごっ、ごめんね! 大丈夫?!」


 大きな声で謝罪を口する女子。

 名を呼んだ人を見れば、相原さんがそこにいた。

 誰もいないと思っていたから、僕は呆然としてしまう。


 どうしてこんなにも早い時間に相沢さんがいるんだろう? 最近会えていなかったら、僕の妄想? 不思議な体験に僕は言葉を失ってしまう。


「私がいきなり声をかけたせいで、本当にごめんなさい」


 僕が立ち上がらないことに驚いた相沢さん。

 彼女から涙声が聞こえてきて、うつ伏せになっていた僕はゆっくりと体を起こした。


「うん」


 自分の体を確認して、腕や顔に怪我はない。


「なんとか大丈夫だよ」

「よっ、よかった!」


 僕の前で座り込んだ相原さんは心から安堵した声を出した。


「大丈夫だよ! スケボーって転ぶことがたくさんあるんだ! もう慣れっこだよ!」

「あっ」


 相原さんが立ち上がって飛んでいったスケボーを拾ってくれる。


「ごめんなさい。これ」

「もう、謝らないでよ。大丈夫だって。拾ってくれてありがとう」


 僕は相原さんからスケボーを受け取って立ちあがろうとする。

 だけど、気づいていなかった膝に痛みが走る。


 ガクッと膝が崩れて、ズボンが破けて膝から血が出ていた。


「あっ!」

「待ってて」


 相原さんは、待っててと言って走っていく。

 どうやら水場でハンカチを濡らしてきてくれたようだ。

 

「ちょっと沁みるね」

「あっ!」


 僕が止める前に血が出ている膝にハンカチを押し付けた。

 女の子らしい可愛いハンカチを僕の血で汚してしまった。


 持っていたティッシュで砂を払って、血を拭いてくれた。

 血が止まると相原さんが濡れた箇所を「ふ〜、ふ〜」と息を吹きかけて乾かしてくれる。

 少し沁みるけど、相原さんが僕のためにしてくれていると思うと、ドキドキして言葉が出てこない。


「キズテープを持ってるの」


 相原さんが傷を塞ぐようにキズテープを張ってくれる。


「ありがとう」

「ううん。私のせいだから」


 黒鬼姫さんと一緒に図書室で会ってから、久しぶりに話をする。

 あれから、体育祭の練習が始まって図書室に行けていない。

 週末は本を買うか、区の図書館に行って借りるようになっていた。


「最近はどう?」


 僕は会話が途切れるのを嫌って、他愛の無い話をする。

 もっと色々な話ができていたはずなのに、クラスが変わって交流が減るだけで、こんなにもぎこちなくなるものなのかな?


「うん。ちょっと色々あって、今は彼と距離を取ってるの」

「えっ? 喧嘩でもした?」

「う〜ん、ちょっと違うけど。わかんなくなっちゃって」


 彼女が顔を背けて立ち上がる。


 僕も痛みがあるけど立ち上がって、スケボーを杖の代わりにする。


「ねぇ、レン」

「うん」

「私ってバカだよね」

「えっ?」

「全然気づいてなかった。かっこいい年上の人に告白されて舞い上がってたんだ」

「みんなそうじゃないかな? 好きって言われた人がカッコ良かったら、付き合ってもいいかなって。男だって美人に好きって言われた付き合っちゃうよ」


 僕は相原さんが好きだから、ヒメさんと付き合わなかった。

 だけど、相原さんと同じで好きな人がいないならヒメさんと付き合っていたかも。


 僕は彼女が何を言いたいのかわからなくて、彼女を擁護する言葉を発する。

 だけど、彼女は首を振る。


「そうじゃないの、そうじゃない。確かに好きだって言われたのは嬉しい。だけど、私の気持ちを私自身が分かってなかった」


 相原さんの気持ち?


 それは僕も知りたい。


「それはどういう?」

「レン」

「うん」


 相原さんは僕の胸に飛び込んできた。


 それは力強く僕を抱きしめるように。


 だけど、僕が抱きしめ返す前に、一瞬だけで離れていく。


「ごめんなさい」


 そのまま相原さんは走り去ってしまう。

 僕は膝の痛みを感じて、走ることができなかった。


「今のは何?」


 相原さんの気持ちがわからなくて、不思議な体験を味わうことになる。


 今のはどんな意味があったの?


「ねぇ、教えてよ」


 僕は相談役スパイ失格だ。


 彼女の相談を聞けていない。

 彼女の気持ちがわからない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき


どうも作者のイコです。


この度、カクヨムコンテスト8ライト文芸部門で

《道にスライムが捨てられていたから連れて帰りました》

が特別賞及びマンガ賞をW受賞しました。


もし、読んだことがない方がおられましたら。

どうぞ暇つぶしに読んで見て欲しいです(๑>◡<๑)


どうぞよろしくお願いします(๑>◡<๑)

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