第26話 イメージチェンジ ツバキ式恋愛術 1

 チナちゃんと過ごした時間は、僕にとって充実した時間だった。

 多分、僕にとってツバキ姉さん以外では初めてのデートと呼んでいい体験だった。


 ツバキ姉さんは家族だと思っている。

 相沢さんとは学校からの帰り道でファミレスに寄ったことがある程度だ。


 こうして私服で、誰かと二人きりで食事に行ったのは、初めてだ。

 楽しく笑えたかな? 最後は彼女を家まで送り届けるまでちゃんとできたと思う。


 今日一日は僕なりに、シュウトに言われた言葉を考えるようにしていた。


 僕が好きなのは、相原希さん。それは変わってはいない。


 だけど、チナちゃんが少なからず僕を慕ってくれているわかっていたから女の子として意識した。

 どうすればチナちゃんが喜んでくれるのか? 言葉掛けや行動もツバキ姉さんに指導してもらった。


 一応は考えての行動だった。


 最後までチナちゃんは笑顔で帰ってくれたから、良かったと思う。


「ふぅ、女性の気持ちを考えて行動するって難しいな」


 僕には難しい問題だけど、ツバキ姉さんに相談しておいてよかった。


「いい? レン、女性はね。あなたが思っているよりも《してもらう》ことを好む物なのよ」

「してもらうことを好む?」

「そう、共感してもらう。話を聞いてもらう。物をシェアしてもらう」


 僕はチナちゃんの話を聞いて、話に共感して、食べ物をシェアすることで、姉さんに教えられたことを実践した。


 常に話はチナちゃんが話したいであろうことに相槌を打って、返事に困ったときはチナちゃんの言葉を繰り返す。

 これは前にツバキ姉さんに教えてもらったコミュニケーションと同じだ。


 共感は、サッカーのことがわからない僕には理解しにくいことだけど、先輩の気持ちとか、チナちゃんの苦悩については見ていてわかることもある。

 これはチナちゃんを観察することで、どうにか補うことができた。


 食事に行ったことで物のシェアもできた。


 本当は持っていたリュックを持とうかと思ったけど、それは重すぎてチナちゃんが悪いと言って話してはくれなかった。


「ふぅ〜実践するのって難しい」


 チナちゃんは可愛い。

 それに好意を持ってくれている。

 だから、優しくしてあげたい。


 だけど、僕自身がまだチナちゃんを好きなのかどうかわからない。


 相原さんのことは好きだとはっきり思えた時があった。


 だけど、チナちゃんを女性として考えた時にどうなんだろう? 美少女で凄く可愛い。健気なところも好感持てる。

 サッカーをしている姿はかっこよくて、素敵だと思う。


 だけど、女性として好きになれるかどうか?


「ふぅ、好きにはなれると思うけど。後悔しないかな?」


 この相原さんを好きだと思う気持ちを残して、誰かと付き合うことは違うと思う。そういう意味ではツバキ姉さんのもう一つの教えは僕にとって気持ちを軽くしてくれる。


「もう一つ大事なことは《あげすぎない》ことよ」

「あげすぎないこと?」

「そうよ。確かに、してもらうことは嬉しい。自分だけの話を聞いてくれて、親密にしてくれて、共感してもらうことは嬉しいの。それは自分に心を許してもらっていることがわかるから。だけど、それって優しいだけの人ならほとんどの人ができてしまうの」


 優しいだけの人。

 それは僕でも聞いたことがある。

 あの人は優しい良い人。

 相原さんにとって僕はそんな人だったんだと思う。


「優しい人は嫌われない。好かれるんだけど、愛されるには至らない」

「愛されるのには至らない? どっ、どうして? どうして愛してもらえないの?」

「あまりにも共感して、寄り添ってくれると男性というより同性の友達と変わらないからよ。だから、頼りになるとか、異性として男性らしいとか、特別な違いを決定づけないとダメなの。そのためにデートに行く店は男が決める。相手を送る。たまに自分の意見も伝える。都合のいい人にならないことが大切なの」


 むっ、難しい。


 僕はツバキ姉さんにこの説明を受けた時に凄く難しいと思った。


 だけど、実際にやってみると。

 お店は自分の好きな店に行けるし、送ってあげるのもしてあげたいって思えた。


 それに相手が話ことに何か言うってことは僕もしたいって思ったし、違うことは違うと言えたので、話しやすいと思えた。


「まだまだ奥が深いけど。チナちゃんとの会話は途切れることなく終始楽しく話ができた」


 僕の知らないことをしているチナちゃんの苦悩について、ちゃんと答えることができたと思う。


「相原さんのことは好きだけど、相原さんには彼氏がいて、僕は付き合えるのかわからない。もしかしたら、他の人に意識を向けた方がいいのかな? まだ好きだって気持ちは変わっていない。今でも相原さんを好きだけど、僕は何が正解なのか、わからなくなってきてはいるかな」


 ふと、僕が悩み出して街中を帰っていると、見知った姿を見つけた。


「相原さん?」


 彼女のことを考えていたから、気づくことができた。

 綺麗な姿をした相沢さん。

 彼氏と待ち合わせかな? だけど、何か雰囲気が違うように思える。


 何度かスマホの画面を見て、辺りを見て、落ち着かない様子をしている。


「相原さん」


 僕は意を決して話しかけることにした。


「えっ? だっ、あっ、レン?」


 今日はツバキ姉さんチョイスの服装をしているから、一瞬だけ相原さんは僕を見て戸惑った顔をした。

 メガネもつけていないからわからなかったかな?


「うん。レンだよ。どうかした?」

「あっ、うん。彼氏にすっぽかされたみたい」

「えっ?」

「もう一時間待ってるんだけど、来なくて。メッセージ既読はつくんだけど、返信がなくて」


 僕の中で沸々と怒りが湧いてくる。

 

 そんな奴のために綺麗な姿をしている相原さん。

 いつもより可愛いのに、どうしてそんな男と付き合っているの?


「そっか、何かあったのかな?」


 これは相談(スパイ)。自分でも最低な質問をしている自覚はある。


「うっ、ううん。気にしないで最近、ちょっと上手くいってないだけで」


 顔を背けて悲しそうな顔をする相原さん。

 僕ならこんな顔をさせないのに……。


「もしかしたら事故にでもあったのかもしれないから、もう少し待ってみるから、レンはもう行って。彼に他の男性と話している姿を見せたくないから」

「うん。わかったよ」


 僕は素直にその場を離れて、しばらく身を隠して相原さんを見ていた。


 一時間を過ぎても、二時間が過ぎても彼氏がくることはなかった。


 二時間が過ぎたところで相原さんは、帰宅していった。


 僕はグッと拳を握りしめて、怒りを感じる自分を抑えつけた。


 僕が怒っても仕方ないけど。


 悔しい。

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