第22話 ご褒美

 相原さんとの図書室の出来事は、僕たちの間に少しだけ距離作ることになってしまった。相原さんが図書室に行っても姿を見せてくれない。

 教室に呼びに行こうかと思ったけど、もしかしたら、キスの寸止めをしたことで彼女に嫌われたかもしれない。


 実際に会って、嫌いだと言われたら僕は生きていく自信がない。


「ハァ、どうすればいいんだろう」

「レン先輩。どうしたんですか? 頭を抱えて」


 不意に声をかけられて驚きながら振り返れば、チナちゃんが立っていた。


「えっ? ああ、チナちゃんか。うん? どうして図書室にいるの?」

「うちのサッカー部は赤点がダメなんです。それで三日間だけは勉強する時間をくれるんですよ。今日はテスト前の詰め込みに来ました」


 勉強にも力を入れているからこそ、推薦入学であっても勉強を疎かにはできないようだ。

 チナちゃんの元気溌剌な顔を見ていると、こっちの方が元気がもらえる。


「そっか、僕でよかったら勉強を教えようか? 一年生のテストぐらいなら教えられると思うよ」

「本当ですか?! 嬉しいです」


 ボクの隣の席に座ったチナちゃんに教科書を見せてもらう。

 ただ、テスト範囲らしき、赤線の一本も引かれていなかった。


「えっと、どの範囲が出るのか聞いてる?」

「すいません。寝ていて全然わからないです」


 うん。部活が忙しくて疲れているんだろうね。


「なら、今回は僕が知っている範囲を教えるからちゃんと聞いてね」

「はい! 先輩の話なら聞けると思います」

「そう? なら僕のわかる範囲で説明していくね」

 

 僕は一年生の教科書を見ながら、最初の試験に出たところを思い出して説明をしていく。今回は中間試験なのでそれほど範囲は広くない。入学して一ヶ月ぐらいの話だからね。


「まぁ、このぐらいかな。出る問題も予測して、これだけやっていればいいと思うよ」

「ありがとうございます! レン先輩凄いです。凄くわかりやすくなりました」

「そう? ならよかった。五教科だけど、どれぐらいの勉強ができるのか見るためのテストだと思うから、平均点が取れればいいと思うよ」

「ありがとうございます! まずは言われたところを覚えていきますね」

「うん」


 僕が線を引いた場所を見返すチナちゃんの横で、僕は自分のテスト範囲の復習を始める。

 三年生はこれまでの復習や応用問題が多くなるから、見落としが無いようにしておきたい。


「レン先輩が真剣な顔してます」

「えっ? もう、ちゃんと覚えたの?」

「はーい! 覚えました!」

「本当に? なら、少し問題を出すよ」


 僕が線を引いた場所の教科書を隠して、問題を出していく。


「うん。ちゃんと覚えているね」

「でしょ」

「あとは、今したところを何度か復習して」

「覚えたのにまたするんですか?」

「勉強はそういうものだよ。覚えたと思ってもすぐに忘れちゃうから、毎日コツコツと積み重ねるといつの間にか、忘れないように記憶されていくんだ」

「なるほど、確かにサッカーも何度も同じことをして精度を上げます」


 僕のいうことをちゃんと聞いてくれるチナちゃんは、本当にいい子だと思う。

 スケボーの技も毎日ひたむきに頑張っていた。


「ねぇ、先輩」

「うん? どうしたの?」

「もしも、テストでいい点が取れたらご褒美をくれませんか?」

「ご褒美?」

「はい。最終の日曜日に試合に出れることになっているんです」

「凄いね! 一年生で試合に出れるんだ」

「はい! それの応援に来てくれませんか?」

「僕が見に行ってもいいの?」

「もちろんです!」

「なら、行こうかな? チナちゃんがサッカーしているところって見たことがないから見てみたいかな」

「ふふ、かっこいいところ見せちゃいます」

「うん。いいよ。僕が教えたところで平均点は取れると思うから、50点以上が取れたら見に行くよ」

「ありがとうございます! 頑張ります!」


 嬉そうに笑顔を向けてくれるとこっちまで嬉しくなる。

 あんまりスポーツは見ない方だけど、知っている人が出ていると思うと楽しいだろうな。


「ねぇ、チナちゃんたちは試合が終わった後はどうするの?」

「えっ? どうしてですか?」

「うちの学校って部活は自由で入らなくてもいいから、僕は部活に入ってないんだ。だから、部活動がどんな風に過ごすのかなって」

「うーん、今度の試合は試合だけなので、午後は何もないと思います」

「そうなんだ」

「いつもは、二試合あったり、その後に練習が入ってたりするんですけど。ゴールデンウィークに遠征で静岡に行ってくるので、軽めなんです」

「合宿だね。凄いね」

「頑張ります!」


 小さくガッツポーズする姿も可愛い。


「あっ、もし先輩が来てくれるなら、試合が終わった後にご飯に行きませんか?」

「えっ? いいの? チームの人とどっか行ったりはしないの?」

「みんな、午後休だから好きなことをすると思います。それこそ合宿が始まったらずっと一緒なので」

「なるほどね。全然いいよ」

「ふふ、ならやっぱりテスト頑張らないと」

「うん。お互い頑張ろうね」


 僕らは残った時間を真面目に勉強して、テストを迎えることにした。

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