第21話 賭け

 四月の後半ゴールデンウィーク前になると中間テストがある。

 これまでの二年間を試すためのテストであり、僕は結構自信がある。


「ねぇ、レン君」

「うん? どうしたのヒメさん」


 隣の席の黒鬼姫さんに声をかけられて視線を向ければ、僕の方を向いて首を傾げるヒメさんの姿を目に入る。

 綺麗で見惚れてしまうけど、僕は首を横に振って相沢さんの顔を思い浮かべる。


「どうかした?」

「ううん。大丈夫だよ。それよりもどうしたの?」

「ふふ、あのね。もうすぐテストよね?」

「そうだね。今、先生が伝えていたからね」

「それでね。私と勝負をしない?」

「勝負?」

「ええ、テストの総合点で勝った方が、負けた方に命令できる権利を賭けて勝負をするの」

「えええ! しょっ、勝負って僕がヒメさんの相手になるかな?」


 僕は勉強が好きだけど、学年主席をとっているのはヒメさんだ。

 僕では勝てると思えない。


「ふふ、総合点で自信がないなら、レン君の得意な教科を一教科だけでもいいわよ」

「なるほど、それなら僕にも勝ち目がありそうだね」

「そうよ。どうかしら?」

「うん。勝負はいいけど、本当に勝ったら命令してもいいの?」

「ええ、命令してもいいわよ。もちろん」


 そっと身を近づけて耳元まできたヒメさんからいい匂いがする。


「エッチなお願いでもいいわよ」

「えっ!」

「ふふ、それともレン君はそんな勇気はないかしら?」

「もっもう、からかわないでよ。それよりもヒメさんは僕に何を命令するつもり?」

「そうね。ゴールデンウィークの一日、いえ二日を私のために時間を使ってもらおうかしら」

「えっ? そんなことでいいの? 別にそれは勝負をしなくても友人と遊びに行くぐらいはするけど」

「ダメよ。これは勝負なんだもの、私が命令したことをして欲しいの」

「なるほどね。うーん、なら僕も勝ったらそれにしようかな。ヒメさんのゴールデンウィークの1日を僕の命令に従ってもらうって」

「ふふ、面白くなってきたわね」


 それからはテストの教科を決めて、ルールは点数が高い方が勝ち。

 負けた者は、ゴールデンウィークの1日、もしくは2日間を勝った者の命令に従うこと。


「これでいいかな?」

「ええ、十分よ。それで? なんの教科にするのかしら?」

「もちろん、僕が一番得意な国語でお願いします」

「国語? 意外ね。勝負と言えば間違えやすい数学か、英語かと思っていたわ」

「僕は本を読むのが好きだからね。やっぱり国語が一番好きなんだ。それに得意でもある」

「わかったわ。それでは国語の点数で勝負ね」


 ヒメさんとそんな約束を取り付けて、僕は相沢さんとテスト勉強をするために図書室を訪れた。

 図書室では、相原さんが机に項垂れていた。


「どうしたの?」

「あっ! レン! 聞いてよ。あいつってさ。本当にデリカシーがないっていうか最悪なの」

「あいつって、彼氏さん?」

「そう、私が嫌だって、言ってるのに無理やりキスしようとしてきたから、思いっきり蹴って逃げてやったわ」

「うわ〜、それは過激だね。だけど、どうして相原さんはそんなにキスが嫌なの?」


 相手を拒否して蹴り上げるほど嫌って相当だと思う。


「ベッ、別に私だって嫌じゃないんだよ。ただ、ムードがないっていうか、前にレンが言ってくれたじゃない? タイミングがあるって」

「うん。言ったね」


 ボクはツバキ姉さんに不意打ちされたけど。


「私だって、彼氏がしたいならって気持ちを作って行ったんだけど、あいつはムードも何もなくて、いきなりしようとするから、そういうことじゃないって突き飛ばしたの。そしたら、してもいいって言っただろって、無理やりしてこようとするから、蹴ってやったわ」


 うわ〜あれかな? 彼氏さんは大学生だけど、相原さんが初めてとかなのかな? 

 それとも性格的に強引なタイプなのかな? 僕でも下手クソだと思う。

 

「なるほどね。確かに相原さんのことを考えていないように感じるのかもしれないね」

「そうよ。私だって初めてはちゃんとしたいって思うじゃない」

「うーん、ならさ、どんな雰囲気がいいとかあるの?」

「えっ? どんな雰囲気がいいか?」

「そうそう。例えばだけど」


 僕はツバキ姉さんにされた時のように不意に相原さんに近づいて唇の前で寸止めする。


「えっ!」

「こんな風な不意打ちのキスとか」

「……!」


 僕が問いかけると、相原さんは顔を真っ赤にしていた。

 突き飛ばされるかと思って僕は距離をとる。


「れっ、レンが、私にキス」

「してないよ。寸止めだからね」

「そっそうだけど。なっなんだか」

「ならさ」


 僕は恥ずかしがる相沢さんを見ていると調子に乗ってしまった。

 相原さんの顎を持ち上げて唇に指を滑らせてから、顔を近づける。

 ギュッと目を閉じる相原さんに僕は寸止めして指を唇に当てる。


「こんな風はどう?」

「なっなんだか、ダメ。すごいドキドキする」

「僕とでもドキドキできるなら、彼氏と同じようなことをしたらキスできるかもね」

「あっ」


 彼氏のことを忘れていたように、真っ赤にしていた顔が驚きに染まる。


「そっ、そうよね。彼とね」

「うん。今日は勉強の雰囲気でもないから、帰ろうか」

「うん」


 その後はなんだか気まずい雰囲気のまま学校を出た。


 僕は、調子に乗っていたけど、胸が張り裂けそうなほどドキドキして、もしもしてしまったらどんなに幸せだろうと何度も考えてしまう。

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