第1話 姉からの言葉

 家に帰り着いた僕は枕に顔を埋めて涙を流した。


 これが失恋なんだ。


 初めて味わう感情に頭が追いつかなくて、胸が締め付けられる。痛くて、苦しい。もう何も考えたくない。

 

 どうして? 僕と一番仲が良かったよね? それなのに、どうして? いつ知りあったの? どうやって出会ったの?


 相原さんの顔を思い出せば、嬉しそうに語る彼女が浮かんでくる。

 嫌な相手じゃない。相手を好きなことが伝わってくる。

 

 そこに、嘘はない。


 無理やり、強引に、嫌々付き合っている訳じゃないんだ。そんなのってボクに勝ち目がないじゃないか。

 

「僕は好きになって、すぐに振られるのかよ」


 うっ、うっ、どうしてもっと早く告白しなかったんだろう。告白してれば、こんな後悔しなかったのに。


「レン! 邪魔するわよ」

椿ツバキ姉さん! 勝手に入って来ないでよ!」

「何? あんたも一人でするようになった? うん? あれ? 泣いてるの? 何? 何があったの?」


 従姉弟のツバキ姉さんは、いつも強引に僕を振り回す。


「もう、出ていってよ。ツバキ姉さんには関係ないでしょ」

「関係なくない!」

「えっ?」

「弟が泣いてるんだよ。お姉ちゃんなら心配するでしょ! あんたも高校二年だから確かに思春期で言いたくないこともあるのはわかる。だけど、私にとってあんたは可愛い従姉弟なの。それは変わらないんだから、関係はある」


 大学がこっちになり、居候するようになって、何かとツバキ姉さんが僕に構ってくる。

 そんなツバキ姉さんに断言されて唖然としてしまう。

 強引で、我儘で、だけど凄く優しいツバキ姉さん。


「それで? どうしたの?」


 しばらく黙っていたけど、全然部屋から出ていってくれない。根負けして、おずおずと相原さんに恋をしたことを告げた。


 相原さんから声をかけてくれた出会い。

 二人で過ごした図書館。

 一緒に食べたファミレス。

 帰り道の会話。

 支え合ったテスト勉強。


 僕にとって一つ一つが彼女との思い出だ。

 やっぱり諦めることなんてできない。


 うっ!


「僕は、今も彼女が好きなんだ。だけど彼女には彼氏ができて、ダメだとわかってる。それでも気持ちに整理をつけるために告白して終わりにした方がいいのかな?」


 告白すれば、僕の心の中で相原さんへの気持ちに整理をつけられる。

 振られるのがわかっているから涙が溢れ出す。

 胸が痛い、悲しい、辛い、相原さんは僕を好きになってくれない。

 僕が知らない彼氏と、これから仲良くなっていくんだ。


「あんたはバカね」

「えっ?」


 そう言ってツバキ姉さんに抱きしめられた。


「告白なんてしたら終わりじゃない」

「えっ?」

「あんたから告白なんてするなって話」


 僕はツバキ姉さんが何を言いたいのかわからなくて、唖然としてしまう。


「よく聞きなさい。あなたの恋は終わってないの」

「えっ? でも、相原さんには彼氏が出来てるんだよ」


 そうだ。相原さんには彼氏がいて、あんなにも幸せそうにしてた。


「あのね。恋愛ってすっごい難しいの」

「それは、僕にだってわかってるよ」


 告白する前に振られたんだよ。

 思い通りにならないってわかってる。


「うん。だからね、相原さん? も初めて付き合ったから、今は浮かれていると思うの。だけど、恋愛って一回目から上手くいく人なんてほとんどいないのよ。ましてや相手は大学生なんでしょ? たくさん、周りに綺麗な女の子がいて、就職や勉強で忙しくなるの。だから、続く可能性の方が低いんだよ」


 ツバキ姉さんが何を言いたいのかわからない。


 まるで、相原さんと彼氏が別れるような話をする。


「それって?」

「相原さんと彼氏が別れた時に、あんたがいい男になって、彼女と付き合えばいいじゃない。そうすれば、成功する確率は100%よ」


 いい男? 自分磨き? それをすれば100%相原さんと付き合える? 彼氏が出来た相原さんと僕が? そんなことあるのかな? 別れることを願ってもいいのかな?


「もちろん、あんたがそこまで彼女を好きでいられればだけどね」

「僕は絶対相原さんを好きだよ。だって、こんなにも胸が苦しいんだから」


 先ほどよりも強く、ツバキ姉さんが抱きしめてくれた。顔が大きい胸に押しつぶされる。

 ツバキ姉さんの胸は柔らかくて、いい匂いがする。

 優しさが伝わってくる。

 恥ずかしさと悲しさで、抵抗する気力も起きない


「なら、あなたは自分自身を磨きなさい。それとスパイになりなさい」

「はっ? スパイ?」


 聞き慣れない言葉に、僕は意味がわからないと聞き返す。


「そうよ。相原さんにとって、あなたは男友達で話しやすい人なんでしょ?」

「うん。多分、そうだと思う」

「なら、彼女の恋愛の悩みを聞いて、相談に乗ってあげるの」

「えええ! 好きな人の恋愛を聞くなんて拷問じゃないか!」


 考えただけでも辛すぎるよ。


「そうね。だけど、あなたが相談を聞いてあげれば、相原さんの好き嫌いを知ることができるわよ。好みがわかるってことは、相原さんの好きな人にレンがなれるってことだってできるの。相手の恋愛を知ることができるって、凄いアドバテージなんだからね」


 そうなのかな? なんだか女々しくて、卑怯なことをしているような気がする。


「あなたは好きな人の情報を仕方なく聞いてあげているのよ。相談役スパイとしてね。それで、レンは知ることができるの、彼女の好みを」


 ツバキ姉さんの言いたいことがやっと理解できた。

 そんなこと本当にできるのかな? それに彼女の好みを知ったとしても、彼女が僕を男として好きになるかは別だと思う。


「自信がないのはわかるわ。だから、あなたはあなたで自分を磨きなさい」

「自分を磨く?」

「そうよ。あなたも知っているでしょ? 私は中学生までデブでイジメられてた」


 そうだ。


 今のツバキ姉さんは綺麗で忘れそうになる。


 昔は太っていてイジメを受けていた。


 誰も友達がいなくて、いつも僕といた。


「そんな時、レンが側にいてくれたよね? 私はレンが馬鹿にされるのが嫌だった。だから、自分を変えようと自分自身を磨いたんだよ」

「そうだったの?」

「ええ、今では多くの恋愛をして、いろんな人から綺麗って言われるようになったんだから。今ならあなたの自分磨きを手伝って上げられるわ」


 僕のために変わったと言うツバキ姉さん。

 今も、悩みを聞いてくれて、アドバイスをしてくれている。本当に優しい。


 相原さんとの関係はもう、ダメかもしれない。

 相原さんは僕を友達としてしか思っていない。

 だけど、それがどうした? 


 僕が相原さんを嫌いになったわけじゃない。


「わかったよ。ツバキ姉さん。僕は自分を磨いて、相原さんの相談役スパイをするよ!」

「その意気よ! それでこそ私の弟。それじゃ早速行きましょう」

「えっ? 行くってどこに?」

「いいから着いてきなさい」


 僕はツバキ姉さんに手を引かれて部屋を出た。

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