第四章  三人の方向

 俺達は三人、別々の方向から君彦の指定してきた喫茶店で落ち合った。前は何時会ったか忘れるほどしばらく振りに顔を揃えたことにはしゃいだ俺達は、深刻な話が後に控えていることなどすっかり頭からふっ飛び、相変わらずのふざけた話ばかりで盛り上がり萌黄もよく笑った。

 そういやあこうやって馬鹿な話してあっちこっち行ったよな。君彦もバイトだ学校だと忙しそうにはしてたれど、それでも充分遊ぶ時間はあった。萌黄も、あくまで君彦の萌黄で、君彦が大切にしているから俺も大切にしているのだとずっとそう思っていた。

 いつしか俺達の間の均衡が崩れて君彦が仕事に没頭するようになり、淋しそうな萌黄の顔を見る度にこの二人、今に駄目になるんじゃないかと心配しながらも、二人がどうかなればと期待している自分に腹を立ててもいた。

 萌黄に向かう自分の気持ちを否定し続け、こいつは友達の恋人だって自分に言い聞かせて知らん顔してきた。

 萌黄に会うのが嬉しくて、今思えば二人の幸せな顔を見てるのが嬉しかったんだかなんだか、よく思い出せない。

「荒也どうしたの?久しぶりなのに無口ね」

 萌黄が明るく笑ってそう言うと君彦の顔が少しくすんだ。

「出るか。もうコーヒーもなくなったし」

 そう言う君彦の顔が、俺たちを振り払ってもう未来を見ようとしている遠い目になった気がした。

「そうだな出るか」

 俺もそう言ってたばこをポケットに押し込み立ち上がろうとした時、堪らずに萌黄が冷静に言った。

「君彦、何か話があったんじゃないの?荒也からそう言って電話もらったけど」

 萌黄の落ち着いた言葉に俺は君彦と顔を見合わせてまた座り直した。君彦が少し間を置いて。

「なんて言うか、俺に遠慮しないで、これからは二人で生きていけって言ったら、虫がいいみたいに聞こえる?」

 冗談を話すように君彦はそう言って萌黄と俺の顔を交互に眺めた。驚いて息を飲んだ俺の横で萌黄が静かに口を開いた。

「それ、どういう意味?」

「そろそろ潮時かなってさ」

 萌黄はうつむき考えている。君彦の言わんとする処を噛み砕いて理解しようとしているように。

 俺は、言葉をはさむ余地もなくて何故かハラハラしながら黙っていた。

「潮時か…君彦らしいね。そう来るかって感じね。どう言ったらいいのか、何時かは、こんな日が来ると、好きって言うだけじゃ君彦と生きていけないって何度も自分に言ったわ。だから荒也とって今は言えないけど、あ、これからどうなるかはわらないけど。ひとまず」

 そこで一呼吸おいて萌黄は一気に、

「君彦とは別れるってけりつけなきゃね」

 と、言った。

「萌黄お前!」

 いきなりの急展開に我を忘れて立ち上がった俺に、

「荒也落ち着けよ」

 苦笑して君彦が言う。

「良かった。萌黄もそう言ってくれると思ったよ」

 そして、俺の顔を見て、

「荒也これで邪魔物は消えるからな。あとはたのむぜ」

 と続ける。俺は何だか腹がたって睨みつけるように君彦を見たが、そんな俺の視線など気にも止めず、伝票を奪うとサッサと店を出ていった。

「萌黄、いいのかこんなんで」

 公彦の勝手な態度に怒りがこみ上げる。

「良いのもう限界、ホッとした。このところうまくいってなかったの。喧嘩したり、言い合いしたりしたことはなかったけど。一緒にいるのも離れているのも苦しかった。もっと甘えたくても上手くいかなくて、いつもわかった顔して良いよ、良いよって、それ言うのも疲れてた」

 そう言うと萌黄は大きなため息をついた。

「君彦、萌黄のこと嫌いになるわけないのに……」

 思わず言ってしまった後、慌てて口をふさいだ。

「いいよ、気い使わなくても。最後に会ったとき、お前のこと大切だって言ってくれたわ。私……重荷になってたのかな。君彦に無理にそう言わせてたのかも知れない。でも、そう言ってくれたから」

「お前大丈夫なの?」

 萌黄のあまりの潔さに俺は不思議になって聞いた。

「いいの、一緒にいても辛かったの。ここんとこず~っと、君彦のやりたいようにさせてあげたい。はっきり言われてホッとした」

 萌黄は辛そうに。でも、晴れ晴れとした顔をして真っすぐ前をみてそう言った。

「じゃあ今日は帰るわ。友達と待ち合わせてるんだ」

 そう言って立ち上がった萌黄に掛けてやる言葉も無い。と言うより今日のこの事態は萌黄より俺の方が見た目ダメージが大きかった。後ろ姿を見送りながら、心配なくせに何もしてやれない。いつもの情けない自分にいらついていた。

 深いため息のあと、俺もバイトあるし、今日はこのまま帰るしかないかとようやく席を立った。

 

 ……ゆっくり眠れない。何度もあの、チラッと見せた辛そうな顔とシャンとして俺を驚かせた萌黄の二つの顔が交互に思い出されてまんじりともせず一夜を明かした。

 そして、朝早く家を出ると萌黄のアパートに向かった。国道のガードレールが冷たい。

 萌黄と君彦の間に俺は最後まで入れないのか。結局二人で何もかも決めて、俺の出る幕は無かったのか。

 公彦に勝手に宣言させて、萌黄にも、君彦にも何も言い返せないまま、俺は見てるだけだった。何処へも持っていきようが無い腹立たしさに、俺はただ黙々と歩いた。

 アパートのベルを鳴らすと中から寝ぼけ眼の女が出てきた。

「あれ、此処?」

 表の表札を確かめる。

「ああ萌黄に用?夕べからずっと付き合わされてへとへとよ。ようやく寝ついたかと思ったら車のキイかせって朝早くたたき起こされて、あの子一人で行っちゃったわよ。まったく起こされるのこれで二度目よ。ゆっくり寝かせてよ」

 思いっきりしめられたドアに向かって俺はすみませんと頭を下げた。

「あいつ、ちょっと車に乗れるようになったからって、いい気になって、

いったい何処に……あ……」

 萌黄の行きたいところがそんなにあるわけが無かった。俺は地下鉄に乗って港に急いだ。

 

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