7days owl

わタぬき

   

 R.Bブッコロー、YouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』の名MCキャラクター。忖度なく好きに発言をするし好きに媚びも売る。それは見た目が可愛いミミズクだから許されるのだろう。

 例えばこんな姿でやらかしたならば炎上からの特定間違いなし。みんなブッコローだからと優しいフィルターをかけ許してくれている気がしなくもない。

 そんな事を考えながら人差し指を動かし閲覧数やコメントを流し見る。

 ごく一般的な見た目の成人男性がカフェでコーヒーを飲みながらただタブレットを眺めているだけの光景。それを見て彼こそが件のオレンジのミミズクの中身だと気付く人はまずいないだろう。

 こうやってブッコローのことを調べているのはいわゆるエゴサなのだろうか?

 彼自身が今まで自分から積極的に他人に自分がブッコローだと触れ回ったことはない。

 なのでこれはただのサ。

そういうことにして彼は再びタブレットに目を落とす。

 くだらないことを考えたりしながら最近巡回コースに組まれた小説投稿サイトも一通り目を通し終わった。

「・・・・・・最近細かい字が辛いわぁ」

 卓上のコーヒーが冷めるには十分な時間を費やし日課を済ませ、目頭を一揉みし、残りのコーヒーを流し込んでブッコローの中の人は帰路についた。


 帰宅後はいつも通り過ごし明日の仕事の鋭気を養うために眠りにつく。

 日中の疲れのせいか意識を手放すのにたいした時間はかからなかった。


「どこだ?ここ」

 そしてこの声。

 ふと風を感じた気がして瞼を上げると目の前には草原が広がっていた。足元に目をやると細かい砂利がしかれていて、自分の立っている所が道であり、それなりに舗装されていることがわかる。

 そして視界に入るオレンジのもふもふ。

 手を見れば見慣れた焦げ茶色で、自分が今ブッコローそのものだということを知る。

「黒子がいなくても動けるゥ」

 試しに歩いてみると特に意識しなくても右足と左足が交互に出る。

「え~。なにコレこういう夢?ブッコローちゃん仕事で疲れてんの?」

 姿が変われば口調も変わる。持ち前の適応能力が高すぎてすでに中の人はブッコローそのものだった。むしろ中の人などいない。

「そのままそっちに進んでくださいね」

 唐突に頭の上から声がした。

 足元に影を落としていたすぐ近くの木を見上げると、虹色のカメレオンがこちらを見下ろしている。

「そのままこの街道を進んで行けば小さな町に着けますよ。反対側は何もないですから行かないでください」

 どこかで聞いたことがある声で、カメレオンはそう案内する。

 あからさまに後付けされた説明が怪しいけれど、どうせこれは夢だし。

 ブッコローはそう考えて、その案内に乗ることにした。

「じゃあ町に行って人気者になってこよーっと」

 見下ろすカメレオンに手を振ってブッコローは歩きだす。

 そしてあまりにも己の歩幅が狭く全然進まないことに気付くのにそれほど時間はかからなかった。


「待って。これ無理でしょ?」

 アラームを止めおかしな夢から目覚め、開口一番に諦めを零す。起きたばかりだというのに異様な疲れを感じた。

 おかしな夢を見たなと思いつつ、いつも通りの身支度をし仕事に向かう。

 昼食を取り午後も勤勉に働き帰宅する頃には、今朝見た夢の記憶も意識の端に押しやられていた。


「でもこれなんだなァ」

 またしても夢でブッコロー。

 変身願望でもあるのか自分でも気付かない悩みでも抱えているのかと訝しみながらも昨日の続きで足を進める。とりあえず止まっていても仕方がないとポジティブに行動することに決めた。

 本人がどれだけ前向きになろうと歩幅は変わらない。相変わらず足取りは遅々として進まず、どれくらいであのカメレオンが言っていた町に着くのかも見当がつかない。

 一旦戻って反対側の様子を見ようかと振り向いたブッコローの視界に始めて人工物が入る。

 それはものすごい勢いで土埃を立てブッコローの前を通り過ぎていく。それをずっと目で追っていたせいで自分の進んでいた方向に向き直っていた。

「馬車だ」

 ブッコローを置いて2頭立ての馬車がどんどん遠ざかって視界から消えた。

 街道は真っ直ぐに見えたから、この先は少し下り坂なのかも。それにあの馬車も綺麗だったし、この調子だとそれなりに文明が発達してそうだな。

 静寂と共に冷静さを取り戻したブッコローはそんなことを考える。

「大丈夫でしたぁ?」

 また頭上からの声。1番近くの木を見上げれば見覚えのあるカメレオンが尻尾を振ってブッコローを見下ろしていた。

「ねぇ、さっきの馬車って・・・・・・」

「この先の町に行く馬車です~。町の人達の大事な足ですね」

 乗り合い馬車だと説明をして、カメレオンは目をくるくると回す。

「あとこの先は道が分かれてて向かって右が町ですよ。あの馬車もそっちに進んでます」

「じゃあ左の道は?」

 言われた方に目線をやるが、特に何かが見えるわけでもなく気になったので聞いてみた。しかしブッコローの質問に答えは返ってこない。見上げればすでに色とりどりのカメレオンの姿はなかった。


 仕方なく言われた方に向かおうと足を出したところでまた目が覚めた。

 スマホから流れるけたたましいアラームを止めそのままメモアプリを開き『右へ』と打つ。馬鹿馬鹿しいと思いながらも念のためとアプリを閉じる。

 あとはいつも通りのルーティーンで身支度を整え仕事に向かう。

 おかしな夢が続いている以外は日常は特に何も変わらない。


 そしてまた夢は続く。

「これはもう起きたら病院に相談する案件?」

 この夢の中に病院はない。なので今できることは言われた通りに右を選び歩を進めるだけだ。いくらか進んだ所でまた見覚えのある馬車に抜かれたのでこちらで道は間違いないことはわかる。

 それにしても進まない。

 街道と平行して流れる小川の音をBGMに歩くのは穏やかだが退屈だった。

「こんなに可愛いミミズクが困ってるのに誰も助けてくれないなんて・・・・・・。絶対さっき馬車のヤツ何人か目ぇ合ってただろ」

 ブツブツと文句を言いふと気付く。

「そうじゃん、ミミズクだから夢の中なら飛べてもいいはず」

 飛べなかった。

 もふもふと音がしそうな丸い翼をはためかせたがその体が浮き上がることはなかった。助走をつけても変わらない。むしろ助走と歩く早さが変わらなかった。

「なんでココは現実的なんだよ」

 時間と体力を無駄にした。またブッコローは町に向かって歩き始めた。


 ただ歩き続けるだけで目が覚める。たまに見る夢なら『まあ、こんなこともあるよね』で済んでいた。

「さすがに連日は勘弁してほしい・・・・・・」

 そんな独り言を零しつつ、いつものルーティーンをこなす。

 夜、眠りにつく前に自分は現状になにか不満があるのかとじっと両手を見つめ考え込んでしまった。


 夢の中は律儀に昨日の続きだった。

「ちょっとくらいオマケしてよ」

 ブツブツと文句を言いながら歩き続けていたら、また馬車に抜かれた。

 しかし今までとは明らかに様子が違う。

 馬車が次第に減速し、数人の男女が並ぶ列の前に止まる。よく見れば足場は1段高く土が盛られ看板が立てられている。

「あれってもしかして駅的なヤツ?もしかして今行ったら乗せてもらえるんじゃない!?」

 意気揚々と向かおうとしてふと気付く。

 普通ミミズクなんか乗せない。

 しかも自分は喋るミミズクだし、そもそも普通のミミズクと見た目も違いすぎる。途端に怖くなってきた。

 今まで進むことしか考えてなかったけれど、誰かに捕まって悪夢な展開が起こらないともかぎらない。

 ネガティブな考えが浮かんだ途端、足が竦んでその場から動けなくなっていた。

 我関せずと馬車は馬の嘶き1つ残して走り出し、遠ざかる蹄の音と共に視界から消えていく。

 街道にはブッコローだけが取り残されていた。


「え・・・・・・ッ。ちょっ・・・・・・・ツラぁ」

 寝起きの台詞がそれ。言葉にならない。

 精神的な疲労を感じつつ体を起こし、もたもたと支度をする。

 出掛ける時につい家族に問うてしまった。

「見世物小屋ってどんなところだと思う?」


 夢の中ではひたすら歩くだけだった。

 少し先にまた昨日見たような高く盛られた足場が見えた。

「どうせ乗れないし人目に付きたくないなァ」

 人気者になろうと意気揚々と歩き始めたあの頃が懐かしい。

 ちょっと陶酔して浸ろうかと空を見上げたらまた例の声が聞こえた。

「遅っっっそ!!マジですか?思った以上に遅いですよ!」

 空に向けた顔をチラリと横にそらすとまたあのカメレオンが視界に入る。

「久しぶりに会ってディスるってどうなの?」

 ブッコローの文句も聞かずぷりぷりと尻尾を振るカメレオンは以前と違い体の色が減っている。始めて会ったときには鮮やかな虹色をしていた体は、今は見る影なく3色ほどのマーブルカラーになっていた。

 疲れが溜まっている気がしているブッコローはそのことに気付いていない。

「もっと頑張ってくださいよ」

「これでもめっちゃ頑張ってんだよ?」

「足短くないですか?」

「直接そういう攻撃するのやめて」

 ギャアギャアと文句を言い合っていたら聞き慣れた電子音が遠くから聞こえてきた。


 枕元の目覚ましを止める。

「今の寝言で言ってたらやだな」

 そう独りごちで身支度を整える。

「・・・・・・せめて仲間が欲しい」

 まさかその願いがすぐ叶うとは。


「えぇ、夢ですかぁ?見てますよ」

 今日はいつもの仕事とは別に有隣堂の動画の打ち合わせが入っていた。

 久しぶりに会う『文房具王になりそこねた女』こと岡崎さん。ブッコローにはザキさんと呼ばれている。そのザキさんを相手にブッコローは最近夢見が悪くてとつい口にしてしまった。

「いや。ザキさんの言う夢と違って、ここ毎晩ずっと同じシチュエーションが続いてるんですよ」

「そうですよ~。私も同じ夢見てますから」

「・・・・・・はァ?」

 聞けばザキさんも数日前から同じような町に行く夢を続けて見ていると言う。

「え?嘘、ザキさんも見てんの?でもなんで同じってわかるんです?」

「私、馬車でブッコロー抜かしましたもん」

「乗せろォ」

 思わず口が悪くなる。

 どうもザキさんはすでにブッコローが目指すべき町に着き新しい生活始めようとしているらしい。

「いつもの格好で一文無しだったんですけど。ほら、この三代目直記ペン」

 そう言っていつものエプロンのポケットに差されたペンを差し出す。

「これがウケて自分たちにも作らせてくれって言われて町に招待されまして、特許みたいなアレですか?それでお金がもらえるんでこれからは困らないんですよね」

「うわ~、左うちわ」

 でもですね、と言葉を続けて表情を曇らせる。

「協和さんの商品で私がお金をもらうのが、とても心苦しく・・・・・・」

「そこは夢だからこの際よしとしましょう」

「そうですか?あ、そういえば文房具つながりで紹介していただいて、あの方にも会いましたよ。似顔絵でめちゃくちゃ人気出てました」

「いるんだ?あ~。でもそういう特技ある人ってこういう時に強いよね~」

 どういう時かは置いておいて話を聞くにお互い自分の持ち物や持ち前の特技で生計を立てているようで、ブッコローにはそのどちらもないことに気付く。

「ブッコローは本しか持ってないですね」

「そもそも町に着かないことには話にならないんで」

 ザキさんが言うにはブッコローを追い抜いてからも停留所をいくつか通過したらしい。

 少なくとも2回は馬車に抜かれていたが、その間に通過した停留所の数は1つか2つ程度だった。

「えぇ~。マジで今のペースだと着くのにどれだけかかるかわかんないスわ」

「いいこと思いつきました。ブッコローは丸いから転がればいいんですよ」

 下り坂多いんでと、胸の前でポンと両手を合わせそんな提案をしてくるザキさんに首を振って応える。

「考えてみてくださいよ。自分の家の玄関先に砂利とか木の葉まみれで薄汚れたミミズクがいて『こんにちはー!ブッコローちゃんですゥ!!』ね?そんなの受け入れられます?」

「あ~。それは受け入れがたいですね」

 合わせていた手を顔の前に掲げる。

「合掌はやめろォ」

 すでに町に居場所を見つけた余裕を見せられているのかと歯痒く思ったブッコローだったが、名案を思いついた。

「そうだ!ザキさんたち2人ともいるんですよね?不審なミミズクが町に入る方法がありますよ」

「え?何させる気ですか?犯罪ですか?」

「なんでよ!?逆転の発想ですよ。2人に僕が予言も出来てそのペンも与えた不思議なミミズクだと吹聴してもらうんです!そこで町の入り口に神々しく登場する僕!どうです?完璧じゃないですか?」

 そう、先にそんな先入観を抱かせれば後はこの話術でなんとでもなる。

 ブッコローは自信あり気にそう一息に提案した。

「でも徒歩で入ってくるんですよね。ダサくないですか?」

「確かに神々しさは足りないですね。ダサいとか言うのやめてください普通に傷付くんで」

 ザキさんの言うとおり、インパクトが足りない。

 どうしたものかと考え出したブッコローに、今度はザキさんがひらめく。

「こういうのはどうですか?」

 ザキさんが手にしていたのはサンプル品として有隣堂に保管されていたLaQ、それも限定の蓄光タイプだった。

「はい?」

「蓄光ですよ。光るんですよ、これを持って登場したら神々しさが増すと思いません?」

「ザキさん・・・。ザキさんきっと蓄光を過剰評価してます」

 貸してもらうにしても、ブッコローにはちょうどいい理由が思いつかない。

 夢見が悪くて偶像崇拝させたいので貸してくださいなんて、人としてとても言えないと思いつつ気になっていたことを聞いてみた。

「そういえば町に街灯とかあります?」

「ありますね。なんと日中の太陽光を溜めて7時間は光る石だそうです。あと水に濡れている間発光する石もあるみたいですよ」

「そんなのあったら蓄光の魅力霞んじゃってるじゃないですか」

 ザキさん渾身の『LaQを崇めよ作戦』は不採用になった。それでもお供を連れて歩くのはいいかもしれないと、打ち合わせの帰りにブッコローのぬいぐるみを2つ借りて帰ることにした。


 ブッコローの予想とおり、枕元に置いた2つのぬいぐるみは2羽になりブッコローの周りをちょろちょろと歩いていた。

「か、可愛い~」

 16センチほどのぬいぐるみは立派に1羽で歩いてくれるが、8センチの小さなブッコローはピイピイと鳴きながらブッコローの足に纏わり付く。

 とはいえ1羽で歩いてくれてはいるが、16センチのブッコローは60センチの自分より歩幅が狭くて思うように進まない。

 ブッコロー自身も小さいブッコローを抱えて歩くことになり、以前のペースで進めなくなってしまった。

「うわ~。これ絶対LaQなら捨ててたわ」

 16センチのブッコローも徐々にペースが落ち始めた。

「チュッコローとプチッコロー。こっちおいで」

 仕方ないとブッコローは安直な名前をつけた8センチのブッコローを頭に乗せ羽角を掴ませ、空いた手で16センチのブッコローと手をつないで歩き始める。

 羽角を掴んでピイピイと鳴きながらご機嫌なプチッコローと、自分と手をつないでこちらを見上げながら歩くチュッコローを見ていたら少し気分が落ち着いた。

 進み具合は決して順調とはいえないものの、ブッコローは今の状況に不満はなかった。

「1人じゃないっていいなぁ」

「ピケェ・・・・・・」

 目の前に転がり落ちる綿。

 穏やかな気分は一瞬で無に帰した。

「うわー!コレって吐いたの?酔った?」

 慌てて降ろしてチッコローを見ると申し訳なさそうにふるふると小さく震えている。

「やだ!顔色悪いわァ。大丈夫ゥ?揺れて気持ち悪かったのね、ごめんねぇ?」

 小さき生き物の弱々しさを目の当たりにし、何故か母性が爆誕する。

「あっちの小川の方で休みましょ、すぐ楽になるわよ。・・・・・・いいの、気にしないで。先に進むよりアナタ達の方が大事!」

 両手でそっと支えて街道を少し外れ、川岸で休むことにする。最初は心配そうに見ていたチュッコローも水の流れが気になるのか木の葉を投げ込んで遊びだした。

「気をつけて遊ぶのよ~。あんまりママから離れちゃだめよ~」

 ママではない。

 ちなみにブッコローはプチッコローの顔色を心配していたが、端から見れば全く違いのない同じオレンジ色だった。


「いい夢・・・・・・だった?」

 自分に問いながらアラームを止める。

 ふと手に触れた枕元に転がるぬいぐるみが動かないことが異様に心にきた。

「プチッコロー、・・・・・・チュッコロー?」

 声をかけても微動だにしない。鼻の奥がツンとする。

 ダメだ、このままだとメンタルやられる。

 身から出た錆でやられるわけにはいかないと、現実に戻るために冷水で顔を洗った。


「ヤバかったです」

 動画の撮影を終えて軽く次回の打ち合わせの合間にザキさんに愚痴る。

「どうしたんですか?」

「進まないのはこの際どうでもよくなってきたんですけど、2人が可愛いんですよ」

「・・・・・・なんの話ですか?」

 少し呆れた様子のザキさんに夢の内容を説明する。

「それはかわいいですねぇ」

「でしょう?」

 目尻を下げて親バカのような会話を交わしたところでザキさんからも経過報告が入る。

「実はこちらもヤバいんですよ。出来れば早く来て欲しいです」

「え、何か問題ありました?」

「話が盛り上がりすぎて。後は『目からビームが出る』くらいしかネタがないんですよね。皆さんとても聞き上手で。もう限界です」

 ザキさんはお手上げだと本当に両手を上げるジェスチャーをする。

「どういう話盛ってるんですか?そんなハードル上げられたら逆に怖くて行けないわ!」

「諸々頑張っていただくということで」

 諸々が幅広すぎるだろうと思ったが、元々自分が無理に頼んだことなので強気に出られない。

 ぐぅ、と言葉を飲み込んで約束を一応は果たしてくれた礼を言い、その日はお開きになった。


 昨日の続きからだと思っていたが、目を開くと小川ではなく街道が続いていた。

 ブッコローは1人でまた歩き始める。チュッコローとプチッコローは自分が町に着いて新生活が始まってから呼ぶことにして置いてきた。決して足手まといなどではなく。

「あくまで夢なんだから、あんまり情がわくのも問題なんだよなァ」

 てくてくと進む。1人になったからか順調に進み遠く霞んではいるが、町も見え始めた。

「おっ。あれかなぁ?」

 町全体を囲うように壁があって、ここからは全容は見えない。小さな町だと聞いていたが囲いの大きさから、そこそこの規模の町に見える。

「早く行ってザキさんと合流してあの子達呼ばないと・・・・・・」

 若干目的が変わってきたが、それでもすることには変わりはなくブッコローは気合いを入れて再度歩き始める。

「すみません。時間切れです~」

 いつもは頭上から聞こえた声が、今日は頭に響いてきた。

 思わずぎゅっと目を閉じてしまう。再び目を開くと自分が歩いていた街道はなくなり一面真っ白な世界が広がっていた。

「え?」

「だから時間切れですって。ブッコローさんがこんなに遅いなんて想定外ですよ~。あっちはあっちでめっちゃ自由だし」

 苛ついているのか前足をトントンと鳴らすカメレオンは普通の緑のカメレオンだった。

「えぇ?」

 それからしばらくは平凡な見た目になったカメレオンの愚痴を延々聞かされた。


 アラームの音で目を覚まし、がりがりと頭を掻きながら起き上がる。

「・・・・・・よくわからん」

 まあ、今夜寝ればわかるだろうとあのカメレオンの言葉はあまり気に留めずいつも通りの生活をこなす。

 そう、夜になればわかるはず。


 わからなかった。

 あの夢からこっち、さっぱりブッコローになる夢を見ない。

 競馬で大勝ちする夢を見て起きて落胆し、身支度を整えて玄関から出た途端に目が覚めて2度目の身支度気分を味わった。しかもその日は寝坊した。

 全く夢を見ない日もあるし、これが通常運転のはずなのに物足りなさを感じる。


 数日そんな悶々とした日を過ごし、久しぶりに有隣堂での仕事が入る。

 一目散にザキさんの元に行き、ずっと聞きたかったことを聞く。

「私も見れなくなりましたよ。不思議ですね、なんだったんですかね?」

「ちょうど1週間くらい見てましたよね」

「それくらいですね」

 指折り数えてうんうんと頷く。

「なんであんな夢見たのかわからないですけど、ゲームの体験版でももうちょっと先に進めますよ」

「進めなかったのブッコローだけですよ」

 確かに約2名はしっかり進んでいた。

「間仁田さんだったらどうなってましたかね?」

 矛先を変える。

「えぇ~。間仁田さんですか。何してそうです?」

「皿洗ってお金貯めてホストクラブ経営とかしてほしいですよね」

 終わってしまった夢に未練はあるが、もう見れそうにはない。それならと例えばの話で盛り上がる。

「なんの話ですか?私の名前がでてますけど」

 ふらりと寄ってきてご本人が登場する。信じるかはどうでもよくなり『実は斯く斯く然々』とこれまでのいきさつを少し面白おかしく話す。

「私、いましたよ」

 間仁田さんがしれっと口にする。

「え、嘘!いたんですか?何してたんです?」

「いや~、マニケラトプスだったんでこんな姿じゃ町なんかいけないなあ~って思ってましたね」

「・・・・・・そっちか~。何してたんです?」

「その辺の草食べてました。川辺のが1番よかったですね」

 意外過ぎる答えに脱力しすぎて何故草を食べようと思ったのか聞く気にもなれなかった。

「スローライフってやつですかね。疲れてるから見てると思ってました」

「ワイルドライフだよ」

 日々の疲れを労うよりツッコミが先に立つ。

「ブッコロー達が川で遊んでるのも見てましたよ」

「おったんかい」

「じゃあ間仁田さんに乗せてもらって町にくれば早いし神々しさもあってちょうどよかったんですね」

 ザキさんが出したのは完璧なプランだった。

「うわ~、答えそれじゃん。それを踏まえてもう1回やり直してえぇ・・・・・・」


 そんなふうに望んでも彼らが同じ夢を見ることは2度となかった。

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7days owl わタぬき @4watanuki1

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