第31話












「モモラビ……。」


 モモラビってこんなに懐っこいんだったっけ?と思いながら、慰めてくれてありがとうという気持ちを込めて、モモラビの頭を撫でる。


 モモラビは嬉しそうに僕の手に頭をすり寄せてきた。


「……もっと、マルットゲリータフィッシュを食べるか?」


 もしかして、まだお腹が空いているのだろうか。そう思ってモモラビに優しく問いかける。


 モモラビは全長20cmあるマルットゲリータフィッシュを1匹まるごと食べきっていた。見事な食欲である。


「ピーッピッピッ。」


 モモラビはプルプルと首を横に振ってその場に仰向けになった。短い前足でパンパンに膨れたお腹をポンポンと叩いている。


 どうやらお腹いっぱいということを訴えているようだ。


「そっか。ありがとう。」


 モモラビの頭をもう一度撫でる。モモラビは嬉しそうに目を細めた。


「……私も触ってもいいかしら?」


 僕がモモラビを撫でているのが羨ましくなったロレインちゃんがモモラビに許可を求めている。モモラビは安易に人に触らせたりしないのだ。というより、捕まえることも難しいのがモモラビだ。


 今、こうして僕がモモラビを触っているのは奇跡的なことなのだ。


「ピッ!」


 モモラビはロレインちゃんに視線を向けると、立ち上がってポテポテとロレインちゃんの前まで歩いて行く。そうして、ロレインちゃんの目の前でポテット仰向けに転がった。視線はロレインちゃんを誘っているようにも見える。


「し、失礼しますっ!」


 ロレインちゃんはモモラビに向かって深くお辞儀をすると、モモラビのお腹を揉み始めた。


「ぴぃー。ぴぃー。」


「う、うふふ。うふふふふ。とっても、ふわふわだわ。温かくてふわふわしてる。うふ。うふふふふ。ふわふわだわぁ。」


 ロレインちゃんはモモラビのお腹をもふもふと撫でながら悦に浸っている。モモラビも少しくすぐったそうにしていたが、すぐにロレインちゃんに身体を預けて気持ちよさそうに身体の力を抜いた。


 っていうか、これ本当にモモラビだろうか。


 随分、警戒心がないんだけど。


 モモラビとは思えないほど懐っこいモモラビにちょっとだけ違和感を覚える。


「アルフレッド、触る。」


 モモラビとロレインちゃんの交流を見て、ミコトもモモラビに興味を持ったらしい。


 興味を持つということはとてもいいことだ。


「モモラビ、触っていい?」


 ミコトはロレインちゃんを真似て、モモラビに顔を近づけて問いかける。


 モモラビはミコトに視線を向けるとパチパチとゆっくりと瞬きをした。そうして、モモラビの短い前足がミコトの頬にピタッと当てられる。


「ふわふわの中に、硬いのある。ひんやり、あったかい。」


 どうやらモモラビの肉球がミコトの頬に当たっているらしい。ミコトは嬉しそうに目を細めた。


 恐るべしモモラビ。


 ミコトもロレインちゃんも今やモモラビの虜である。


「ふわふわ。あったかい。」


 ミコトはモモラビの手をツンツンと触っている。それからそっとモモラビの頭を撫でた。


 ミコトは満足そうに呟くと、満面の笑みを浮かべた。


 今まで見たことがないミコトの満面の笑みに何故だか僕の胸がドキッと高鳴ったような気がした。


「あーっと、これからどうしようか。ギルドの依頼品のマルットゲリータフィッシュも10匹集まったし。少し早いけどギルドに納品しちゃう?」


 僕は胸の高鳴りを隠すように、話題を提供する。


「そうねぇ。でも、折角モモラビが懐いてくれたのだからまだここにいたいわ。それに、あまり早く返ってもあの白服の男たちがいるかもしれないし。」


「アルフレッド、ここにいる。モモラビ、触る。」


「そうだね。でも、早く帰らないと、今晩の宿が取れなくなってしまうよ?」


 宿の部屋にも限りはある。もしかしたら部屋が取れない可能性があるのだ。それに取れたとしても残っているのは金額の高い部屋だけかもしれない。


「うーん。そうなんだけどねぇ。モモラビと離れたくないわ。」


「アルフレッドも!!モモラビ、一緒。ずっと、一緒。」


 どうやら二人ともラルルラータの町には帰りたくないようだ。というより、モモラビと離れたくないようだ。


 仕方がない。二人が反対するのに帰ることを強要することはできない。


 それに、今しかモモラビを堪能できないかもしれないのだ。


 僕だってモモラビと一緒にいたい。ふわふわで可愛いし、触っていると何故だか癒やされるのだ。


「わかった。日暮れ間近までここにいようか。モモラビ、しばらく一緒にいていい?」


「ピッ!?ピーーーーッ!!」


 モモラビにしばらく一緒にいていいかと問いかけるとモモラビは「それは嫌だっ!」というように金切り声を上げた。そして、僕の腕にヒシッとしがみ付いてくる。


 ……離れない。ギュッとしがみ付かれている。モモラビに。


 もしかして……。


「しばらくじゃなくて、ずっと一緒にいていいの?」


 僕はあり得ないと思いながらも問いかけずにはいられなかった。


「ピッ!ピッ!」


 モモラビはずっと一緒にいるとばかりに嬉しそうに鳴いた。


 ……本当に珍しいモモラビだ。モモラビが人に懐くなんて聞いたことがないんだけど。


 それから日暮れギリギリまで僕たちはモモラビと束の間の休息を満喫した。












「モモラビ、名残惜しいけど、僕たちは一度帰らないといけないんだ。明日、またここに来るから待っててくれるかな?」


 モモラビを連れて歩いてもいいけれど目立ってしまう。


 もしかしたら人に懐く珍しいモモラビとして誰かが捕まえようとするかもしれない。


 モモラビのためにも、モモラビはラルルラータの町には連れていかない方がいいんじゃないかって思った。


「ピーッ、ピーッ。」


 モモラビは僕の言葉がわかるのか悲しそうに鳴いた。


「……モモラビと離れたくないわね。」


「アルフレッド、モモラビ、一緒が良い。」


 ロレインちゃんもミコトも一時でもモモラビと離れることが辛いようだ。


「僕だって、同じ気持ちだよ。でも……ラルルラータの町はモモラビにとって危険な場所じゃないとは言い切れないんだ。だって、珍しいだろう?こんなに人に懐くモモラビなんて。悪意を持った誰かに連れていかれるかもしれない……。」


「そうね。でも、私たちが守ってあげれば……。それに、ここにいたって危険なのは変わらないわ。マルットゲリータフィッシュの依頼は常時依頼なのよ?遅かれ早かれこのモモラビのことに気が付くわ。私たちが通っていればなおのこと。人気のない時間帯にここにきて、モモラビを捕まえる可能性だってあるわ。」


「モモラビ、連れてく。アルフレッド、守る。」


 ロレインちゃんの言う事も一理ある。


 確かにモモラビをここに置いて行くことも危険かもしれない。でも、ここはモモラビが慣れ親しんだ場所だ。逃げる場所だって確保しているかもしれない。


 逆に僕たちと一緒に来た場合の逃げ道がモモラビには確保できないかもしれない。


 僕たちが困っているのを見て、モモラビが「ピッ!」と一声鳴いた。


「えっ?モモラビ??」


「モモラビ?どこに行ったの?」


「モモラビ、いない。」


 モモラビは僕たちの前からスッと姿が消えた。そして、驚く僕たちをみて、またスッと姿を現した。


「……もしかして、姿を消すことができるの?」


「ピッ!」


 僕が問いかけるとモモラビは胸を張って一声鳴いた。


 どうやらモモラビが捕まえてもどこからともなく逃げてしまうというのは、モモラビが姿を消すことができるからいなくなったと勘違いすることから来ているようだ。きっと姿を消して人間の注意を外に向けて逃げ出すのだろう。


「みんな、モモラビが姿を消せるということは誰にも言っちゃいけないよ。」


「ええ。わかっているわ。このことが知れられたらモモラビにとっても致命的かもしれないしね。」


「アルフレッド、わかった。約束、守る。」


 ロレインちゃんもミコトも二つ返事で頷いた。


 そうして僕たちはモモラビと一緒にラルルラータの町に帰ることにしたのだった。


 ちなみに、モモラビが見えなくなったことで本当に側にいるのかが不安なので、感触だけは残してもらった。ふわふわした感触が胸元にあるのを感じて安心感を得た。


 モモラビって器用なんだなぁ。


 どうやら本来であれば、モモラビは姿を消すと透明になるだけでなく物体をすり抜けることもできるらしい。でも、今回は姿を消すだけで物体をすり抜けるという効力は付加していない。実に器用に魔法を使うモモラビらしい。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る