第30話




「モ、モモモ、モモラビッ!?」


 僕にぶつかってきたのは、薄いピンク色の毛皮のモモラビという魔物だった。


 この魔物、逃げ足が速くなかなか捕まらないことで有名だ。でも、倒したところで素材は大した金額にもならず、小さいため食用とする肉もないため買い取り価格も底値という魔物である。


 僕の両手に乗るくらいの大きさのため、観賞用やペットとしては需要があるとは思われるものの、懐かないことで有名かつ気を抜くとその素早さですぐにどっかにいなくなってしまうということから、もふもふしていて可愛いがとても飼い難いという観点からペットとしての人気もほとんどなかった。


 攻撃力もほぼなく、すぐに逃げて行ってしまうため人間の脅威にもなり得ない。


 つまり、狩っても誰も得をしない魔物なのだ。


「モモラビ、可愛い。ふわふわ。」


「あらぁ。ほんとねぇ。こんなに近くで見たのは初めてだけれども、とても可愛いわぁ。」


 流石女性。ミコトもロレインちゃんもモモラビに視線が釘付けである。


 モモラビは警戒するように、僕のパンを小さな口で咥えながら唸り声をあげている。


「……お腹は空いたけど、可愛い。」


 なんだか、パンを取り返すのも忍びない。というか、モモラビは小さいからパンを取り返すのは難しいだろう。


「いいよ。お腹いっぱい食べてね。でも、人間の調味料が使われているからモモラビにとって毒にならないといいんだけど……。」


 ちょっと心配になる。


 人間の食べる物は総じて味が濃い。


 魔物が食べても大丈夫なのだろうか。


 嫌だな。僕のパンを食べてモモラビが病気になったりしたら。


「……ねぇ。そのパンは味付けが濃いから君の身体にはあまり良くないかもしれない。僕たち、これからここで釣りをするんだ。釣った魚の方がいいんじゃないかな?もちろん、君が食べやすいように魚を捌くよ。どうかな?」


 なんとなくモモラビが病気になるのが嫌だったので、釣ったばかりの魚はどうか?とモモラビに伝えた。


 まだ魚釣ってないからもうちょっと先にはなってしまうけど。


 病気になるよりはいいかもしんない。


 モモラビは迷っているのか身体をピタッと固まらせている。


 それから、おずおずと僕に近づいてくると僕の手の上にポトッとパンを乗せた。


 どうやら返してくれるらしい。


「わかった。じゃあ、今から魚を釣るから待っててね。ああ、ロレインちゃんとミコトは先に食べていていいからね。僕はモモラビ用の魚を釣ってくるよ。」


 僕はモモラビに返してもらったパンを元の包み紙に包むと、釣り竿を手に立ち上がった。


「待っているわよ。どうせなら、モモラビちゃんとも一緒に食べたいし。」


「アルフレッド、シヴァ、待ってる。」


「二人とも、ありがとう。」


 ロレインちゃんもミコトもとっても優しい。お腹が空いているだろうに、僕が魚を釣るのを待っててくれるだなんて。


 実は、モモラビは見た目の可愛さから反して雑食だ。なんでも食べる。肉でも魚でも野菜でも。ただ、個体によって好き嫌いは違うようで、魚ばっかり食べているモモラビもいれば、小動物の肉ばかりを食べているモモラビもいるらしいし、草ばかりを食べているモモラビもいるらしい。


「待たせちゃうけど、ごめんね。」


「ピッ!」


 モモラビは問題ないというように一声鳴いて、僕の後ろをついてきた。


 それにしても、時々、僕の足に軽くぶつかってくるのはなぜだろうか。


「なにが釣れるかなっと。」


 僕は釣り竿を大きく振りかぶって湖の中にぽちゃんと落とす。


 プカプカと浮きが浮いてきた。


 実はこの釣り竿じいちゃん作の釣り竿なのだ。釣り餌をつけなくても、なぜだか魚が釣れる一品だ。しかも収納時は手のひらサイズまで小さくなるという優れもの。


 じいちゃんには感謝しかない。


 しばらくして、クイックイッっと糸が引かれた。なにかが釣れたようだ。


 そっと、釣り糸を手繰りよせる。


 すると、黄金色に輝くマルットゲリータフィッシュがその姿を現した。


「おっ。マルットゲリータフィッシュだ。依頼品だけど、モモラビとの約束もあるし、これはモモラビの分だな。早速、鯖いてあげるね。」


「ピーっ!ピーっ!」


 モモラビは嬉しそうに僕の周りを飛び跳ねまわる。


 そんなに、飛び跳ねられると踏みそうで怖いんだけど……。


 マルットゲリータは寄生虫がいないので、生でも食べることができる。さっぱりとした味をしているが、ほのかに旨味を感じられる魚だ。


 特に干物にすると旨味が凝縮されてとても美味しい。まあ、干物にするには塩を使うからモモラビにはあげられないけど。


 僕は持ってきていたナイフでマルットゲリータフィッシュを捌いていく。そして、モモラビが食べやすいサイズに身を切り刻む。


 その辺にあった葉っぱの上に一口サイズに切ったマルットゲリータフィッシュの切り身を置くとモモラビに差し出す。


「マルットゲリータフィッシュだよ。食べてみて?お口に合うといいんだけど……。」


「ピッ!」


 モモラビは待ってましたとばかりにマルットゲリータフィッシュに飛びついた。


「ピーッ!ピーッ!」


 モグモグと一口食べると、モモラビは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねまわる。しばらく跳ねまわったかと思うと、今度はマルットゲリータフィッシュをガツガツと食べだした。


 どうやら美味しかったらしい。


「気に入ってくれたようでよかった。じゃあ、僕たちも昼食を食べようか。」


 モモラビがマルットゲリータフィッシュを食べている姿を見ながら僕たちもパンにかじりついた。






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