第29話






 前回泊った宿屋に着くとなにやら騒がしかった。


「なにか、あったのかしら?」


「部屋がいっぱいで騒いでいるのかな?なんか、人もいっぱいいるみたいだし。」


「人、いっぱい。うるさい。」


 宿屋に入るとあふれんばかりに人がいっぱいいた。


「あの……なにかあったんですか?僕たちここで宿を取ろうかと思っていたんですが……。」


 近くの野次馬と思われる男性に声をかける。本当は宿の従業員に声をかけたかったが近くに姿が見当たらない。きっと、騒ぎの中心にいるのだろう。


「ああ。それは災難だったな。今はこんな状態で女将さんも対応できる状態じゃなさそうだから出直すか別の宿を探した方がいいと思うぞ。あのな、白服の男たちが来て宿泊名簿を見せろと騒いでいるんだ。なんでも【サンプル001】という名前の白い髪の少女を探しているらしい。女将さんは宿泊名簿は宿泊者のプライバシーにかかわることだから、見せられないと言っているんだが、白服の男たちは見せろと言ってきかないようなんだ。さらには白服の男たちが、宿泊名簿を見せたら金貨100枚出すと騒いでいるんだ。」


「……な、なるほど。それにしても【サンプル001】なんて変わった名前ですね。」


「そうだろう。モルモットかなんかの実験体かっ!って話だよな。女将さんも人情に厚い人だからなぁ。そんな訳アリそうな名前を言われたら余計あいつらを警戒するってもんよ。」


「そうですね……。さっき、あの人たち冒険者ギルドにも来ていたんですよ。」


「ああー。人が多そうなところを全部あたってんのか。それにしてもその子見つからなきゃいいなぁ。きっとあの名前じゃあ、扱いも人じゃなく物として扱われてたんじゃあないのか。そう思うと不憫だし、このまま見つからずに暮らしていけるといいなぁ。」


 マルットゲリータフィッシュを釣りに行く前に宿をとっておこうと思ったが、どうやらこの様子だと難しそうだ。最悪今日は野宿になるかもしれない。


 ラルルラータの町にあるもう一つの宿は高級な宿だし、僕たちの手持ちでは泊ることが難しいだろう。


 それに、ミコトのことをどうするかロレインちゃんやミコトに相談したかったのだけど……。それには誰にも聞かれることがない、宿の部屋の中でと思ったのだが、見通しが甘かったようだ。


「……もうちょっと落ち着いたらもう一回こようか。先にマルットゲリータフィッシュを釣りに行こうか。」


「そうね。賛成だわ。ここにいても野次馬になるしかないしね。」


「アルフレッド、問題ない。」


 僕たちは宿を取ることを諦めてマルットゲリータフィッシュを釣りに行くことにした。


 マルットゲリータフィッシュが釣れる湖までは徒歩で30分ほどだそうだ。今から行くとなると湖で釣りをする時間は2時間あるかどうかだろう。日が暮れる前にはラルルラータの町に戻ってきたいし。


「そうだわ。せっかくだから、湖で昼食を取りましょう。サンドイッチか何かを買っていかない?」


「そうだね。ちょっとしたピクニックだね。たまにはいいね。」


「アルフレッド、賛成。」


 そう言えば昼食のことを忘れていた。


 どうやら僕は白服の男たちがミコトを探しているとしって少しパニックになっていたようだ。


 ロレインちゃんに言われるまで昼食のことをすっかり忘れていた。ロレインちゃんにもミコトにも悪いことをしてしまった。


 僕たちはラルルラータ町の中央にある屋台で魔物肉と少しの野菜が挟まった携帯用のパンを購入して、包んでもらった。美味しそうな匂いが食欲をそそる。すぐにでもかぶりつきたいが、今日は湖で食べる予定だから我慢しなくっちゃ。


「アルフレッド、この匂い、好き。」


「そうねぇ。とても美味しそうな匂いね。」


 ミコトはうっとりと目を閉じている。この匂いが気にいったようだ。


 出会ったばかりの時は「食事?なにそれ?」って感じであまり興味を持っていなかったようだが、少しずつ食事にも興味がでてきたようだ。ミコトの成長が嬉しい反面、悲しくもなった。それは、今まで美味しいと思えるような食事をしてこなかったということを意味しているのだから。














 特に魔物に遭遇することも、道に迷うこともなく目的の湖についた。


 のんびり歩いたこともあり、ラルルラータの町からは徒歩40分ほどかかった。


 まあ、急いでいるわけではないから別にいいんだけど。


「まぁ。綺麗なところだわぁ。」


「アルフレッド、綺麗!!」


「ほんとうだね。湖の水に太陽の光が反射してキラキラしているね。」


 森の中にある湖は意外なほど綺麗だった。もっと、背丈の高い草が生い茂っているかと思ったが、そんなことはなかった。ふわふわの草に湖の周りを加工用に黄色い小さな花が咲き誇っている。


 寝そべったらとても気持ちが良さそうだ。


「魔物もいないし、とても素敵なところだわ。」


「ほんとうだね。」


 ミコトもロレインちゃんも嬉しそうに笑っている。二人のそんな姿を見るとなんだか僕まで嬉しくなってしまう。


 こんなに良い景色を見ていると、ミコトを探しにきた白服の男たちのことも忘れてしまいそうだ。


 ぐきゅるるるるぅ~~~~。


 景色に見とれていると、ミコトのお腹から盛大な音が鳴り響いた。


「え?アルフレッド??」


「まあ。お腹が空いたわよね。さあ、食べましょう。」


「アルフレッド、お腹、音出た。」


 ミコトは自分のお腹から音が出たことに驚いているようで目を丸く見開いて自分のお腹に手をあてている。


 なんだか、可愛い。


「アルフレッド、食べていいよ。お腹空いたよね。」


「アルフレッド、お腹すいた。」


「ロレインちゃんも一緒に食べよう。」


「ええ。」


 僕は荷物の中からシートを取り出すと、ふわふわな草の上にシートを広げた。


 そしてその上に僕らは腰を下ろす。


「出来立てではなくなっちゃったけど、美味しそうだねぇ。」


「ええ。とても美味しそうです。」


「アルフレッド、お腹、グーグー鳴る。」


「「「いただきますっ!」」」


 僕たちはパンを取り出すと大きく口を開けて食べようとした。


「うわっ!!」


「どうしたの?シヴァルツくん。」


「シヴァ、なに?」


 食べようと思った瞬間の顔に強い衝撃を受けた。その衝撃ででパンを落としてしまう。


「いてててて……。いま、なにかが……。」


「グルルルル……。」


 なにかが僕の顔に当たったんだと言おうとしたところ、聞きなれない低い唸り声が聞こえてきた。












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