第22話






「じいちゃん……。」


 道中たいした魔物が出ることはなかった。


 僕たちは順調にじいちゃんの家に辿り着くことができた。


 途中、僕たちの町にも寄ってみたが、焼け焦げた町としてその場に存在していた。町そのものは跡形もなく消えてはいなかった。


 やはり、記憶だけが書き換えられているようだ。


 誰が、なんのためにという疑問はあるが。


「じいちゃん、いない。」


「そうだね。まだ帰っていないみたいだね。」


 ミコトは誰もいない家を見つめて呟いた。


 僕たちが出て行った時のまま。誰かが家に入ったという形跡もない。


 もちろん、じいちゃんもいない。じいちゃんが帰って来たという形跡もない。


「……やっぱり、じいちゃんは……。」


 僕の頬を涙が伝う。


 こんなに長い間、じいちゃんが帰ってこないことなんてなかった。


 家を見てしまうとじいちゃんのことが思い出される。


 じいちゃんとの思い出が沢山詰まった家だから。


 それなのに、そこにじいちゃんがいない。


「シヴァルツくん。シヴァルツくんのおじいさんはきっと生きているわ。だって、シヴァルツくんのおじいさんはとても強いじゃない。きっとどこかで生きているわ。」


「……うん。」


「シヴァ、じいちゃん、生きている。死んでない。死ぬはず、ない。」


 思わずじいちゃんのことを思い出して涙がこぼれた。


 ロレインちゃんとミコトはそんな僕にすかさずじいちゃんは生きていると言う。僕を慰めてくれていることがわかる。


 ロレインちゃんだって家族が死んだのか生きているのかもわからない状態なのに。なぜ、僕だけ甘えているんだろうか。


「……ごめんね。ロレインちゃん、ミコト。ごめんね。ありがとう。」


「いいのよ。気にしないで。シヴァルツくんの気持ちはとてもよくわかるわ。」


「シヴァ、じいちゃん、生きてる。ほんとう。」


 ミコトもロレインちゃんもとても優しい。


 僕は二人にどれだけ救われたことか。


 きっと、二人がいなかったら僕はここにいないかもしれない。


「ありがとう。ありがとう……。」


「シヴァ、書置き、残す。じいちゃん、喜ぶ。」


「そうね。それがいいわ。シヴァルツくんのおじいさんに書置きを残しましょう。この家だとラルルラータの町までは遠すぎるから、どこに拠点を置くかを考えた方がいいわね。それにお金を稼ぐ方法も。」


 確かに、ロレインちゃんの言うとおり近くに町がないじいちゃんの家では今後暮らしていくのは難しいだろう。


 自給自足をするにもいろいろと足りないものはある。


「シヴァ、ロレイン、お金、必要?」


「そうねぇ。ないと生活はできないわねぇ。」


「そうだよ。ご飯を食べるのにも、服を買うにも、どこかに泊るにしてもお金は必要なんだ。でも、今の僕はお金を稼げるような仕事なんてしてないよ。いちおう見習い冒険者ではあるけど、町はあんな状態だし。見習いでまだ一人前じゃないから……。」


 見習い冒険者というのも、じいちゃんがいたから出来たことだ。つまり、冒険者でもあるじいちゃんに引っ付いて回って冒険者になるための力を蓄えていたってこと。


 見習いだからまだ冒険者登録もしていない。


 というか、黒髪の僕は忌避の存在だからこの国では正式な冒険者登録ができるのかどうかも不明だ。今まではじいちゃんがいたから、依頼の引き受けも、達成報告もじいちゃんがしていた。


 僕はじいちゃんが引き受けた依頼の補佐としてじいちゃんについて行っていただけだ。


 魔物の退治の仕方もじいちゃんから教えてもらっていた。だからある程度は僕だけでも魔物を退治することはできるはずだ。


「シヴァ、ロレイン、お金、必要。ミコト、お金、製造する。」


 ミコトは目をキラキラさせて改善策を思いついたとばかりに発言する。


「えええっ!!?ほ、ほんとうにっ!?」


「ええええっ!!!?そ、それはダメよ。ミコトちゃん。そんなことしたらお偉いさんにつかまって処刑されてしまうわっ。」


 僕とロレインちゃんはミコトがお金を作れることに驚いた。ほんと、ミコトってばなんでもできてしまうんだなぁ。正直にミコトはすごいと思う。


 でも、お金を勝手に作ることは違法だ。


 お金は硬貨だ。きっと、硬貨を作る材料さえあればお金を作るなんてことは簡単だろう。


 だけれども、誰も彼もがお金を作っていたら不正が横行する。だから、国の法律でお金を勝手に作ることは禁止されている。


「……ミコト、ダメ。」


「ミコトはとてもすごいけど、お金は勝手に作っちゃいけないものなんだ。でも、ありがとう。ミコトは僕たちのためになにかしたいと思ってくれたんだよね。それはとても嬉しい。ありがとう、ミコト。」


「そうね。ミコトちゃんはとってもすごいわ。なんでもできちゃうんだもの。私たちのためにありがとう。でも、お金を勝手に作ってしまったらミコトちゃんが危険な目にあっちゃうからね。それはダメよ。他の方法を探しましょう。」


「……ミコト、わかった。お金、製造しない。」


 ミコトはどうにかわかってくれたようで、コクリと頷いた。


「わかってくれてありがとう。ミコト。」


「世の中にはまだまだミコトちゃんの知らない常識がいっぱいあるわ。これから少しずつ覚えて行きましょうね。」


 ロレインちゃんはミコトを優しく抱き寄せながらミコトのことを諭した。


「わかった。ロレイン、ミコト、いろいろ、教えて。」


「ええ。いっぱいいっぱい教えてあげるわ。」


「ありがとう。ロレイン。」


「僕も!僕も知っている範囲でミコトに教えてあげるね!!」


「ありがとう。シヴァ。ロレイン。ミコト、シヴァ、ロレイン、大事。無くしたくない。」


「僕もだよ。ミコトのこととっても大事だよ。」


「私もよ。ミコトちゃんのこと大好きよ。」


 こうして僕たちは互いの絆を深め合った。


 でも、絆は深まってもお金は増えないわけで。


 先日、ラルルラータの町で購入した食料がまだ少しはあるけれど、このまま何日もじいちゃんの家で過ごせるわけではない猗。食料は一週間もたたずになくなることだろう。その間にじいちゃんが戻ってくればいいけれど、その保証はない。


 もしかしたら、ずっと帰ってこないかもしれない。


 今は僕たちだけでも生きていくための手段を探さなければならない。


「……ラルルラータの町で働くしかないわねぇ。手持ちの何かを売るにしても私の持ち物はすべて燃えてしまったし。やっぱり働くしかないと思うわ。でも、働くにはラルルラータで泊るための部屋が必要だわ。それに、すぐに働く場所が見つかるかはわからないし……。」


「そうだね。ロレインちゃんの知り合いでもラルルラータにいればよかったけど……。僕たちの町のことを皆忘れてしまっているようだし、ロレインちゃんのこともきっと……。」


「そうね。私のことを忘れるというより、私たちの町のことを知っていて、私たちの町の誰かと親しかった人はいなくなってしまっているみたいだし……。」


 事実、ロレインちゃんの知り合いは存在しないことになっていた。


「ここにいても、お金は手に入らないし。食事だって、毎回食料をラルルラータまで買いに行くのは日数もかかるし、不便だよね。やっぱりラルルラータである程度生計を立てるのが妥当だよね。」


「そうね。シヴァルツくんのおじいさんにはラルルラータにいると書置きを残しておきましょう。ああ、ラルルラータでの逗留先を決めておけばよかったわねぇ。」


「それは大丈夫だよ。ラルルラータの町の冒険者ギルドにじいちゃんが来たら教えてほしいって僕たちの連絡先教えておけばいいよ。じいちゃんは冒険者だし。冒険者ギルドには詳しいよ。それに、書置きにも冒険者ギルドを訪ねてって書いておくよ。」


「そうね。それがいいわ。冒険者ギルドなら安心ね。」


 そうして僕たちはラルルラータにもう一度向かうことになった。だけれども、今度はお金の問題が再浮上する。


「でも……ラルルラータでまずは宿を取らないといけないわ。それにすぐに就職先が決まるかはわからないし。就職が決まるまでの金策はないかしら……。」


「そうだよね……。それなら、どこかで薬草でも採取しようか。少しくらいのお金の足しにはなると思うんだ。」


「そうね。薬草の採取なら危なくないし……。と、言ってもミコトちゃんがいるなら危険な魔物は近寄ってこないだろうから安心だけど。」


「ははは。確かに。ミコトはほんとすごいよ。」


「ミコト、すごい?すごい。すごい。」


 僕とロレインちゃんがミコトを褒めるとミコトは嬉しそうに笑った。


 そうして、僕たちはじいちゃんの家の周りにある薬草を採取し、じいちゃんに教わった製法で薬草を日持ちがするように加工した。


 きっと、これでラルルラータの町で仕事が見つかるまでの間の宿代の足しになると信じて。


 






◇◇◇◇◇




「ゼウスラータの町を、知らない。だと?」


「ばかな。あり得ない。」


「すぐ隣の町を知らないだなんてそんな馬鹿げたことがあるかっ!!」


「隣の町だろう。誰かしら親戚がいたり、作物の売買をしたり商いをしているはずだっ!!さがせ!!誰でもいい、ゼウスラータの町を知っている人物を探せ!!」


「ゼウスが作った町だぞ。ゼウスラータの町は有名だったはずだ!!」


「そうだ。」


「じゃあ、ゼウスのことを知っている奴が一人くらいはいるんじゃないか?」


「そうだな。ゼウスは有名だからな。」


「まあ生きているか死んでるかは知らないが。」


「それでも、伝説のゼウスのことは知っているだろう。それを知らないだなんてあり得ない。」


「ゼウスラータの町を知らなくても、白い髪の赤い目の少女は知っているんじゃないか?サンプル001はとても目立つ容姿だ。」


「そうだな。サンプル001の容姿は他ではみないからな。白い髪の赤い目の少女なんてそうそういないはずだ。」


「ゼウスラータよりも先にサンプル001の情報収集だ。」


「白い髪の赤い目の少女を見ていないか聞き込みを行おう。」


 白い服の男たちはラルルラータの町でサンプル001の情報を集めることにした。


 そして、その情報がサンプル001に繋がると信じて。




◇◇◇◇◇






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