第16話








「うわぁ。ラルルラータって僕たちの町に比べるととても大きいね。」


「本当だわ。私も町から出たことがなかったから知らなかったけど、とても大きな町ね。これを見てしまうと、私たちのいたのは町じゃなくて村と言ってもいいくらいね。」


「そうだね。僕たちのいたところは村だったのかなぁ。」


 順調な2日間の日程を経てたどり着いたラルルラータの町は、僕たちが住んでいた町と比べることが出来ないくらいに発展していた。本当に町なのだろうか。


「四角い鉄、馬、走ってる。あれ、なに?」


「ああ、そうね。私も初めて見たけれど、あれは馬車というのよ。あの四角い箱の中に人間が入って移動するの。」


「……馬、可哀想。」


 ミコトから素直な言葉が漏れた。


 まあ、確かに人間を何人も運ぶのだ。馬の方はたまったものじゃないだろう。重労働だ。でも、その重労働のお陰で、くいっぱぐれることはないだろう。まあ、働けなくなったらその後どうなるかなんて想像はしたくないけれど。


「そうよね。安い労働力でこき使われて可哀想よね。……人間は少し痛い目にあうべきよ。」


 ロレインちゃんもどこか遠い目をして、ミコトに合わせるように頷いている。最後になんか不穏な言葉が聞こえたような気がするのだが、声が小さすぎて聞き取れなかった。


「それより、まずはどこかでご飯を食べて、それから食料や服を調達しようか。」


「そうね。歩き疲れたものね。どこかで休みがてら昼食を取りましょう。」


「ミコト、ご飯、食べる。」


 ミコトもロレインちゃんも食事をとることには賛成のようだ。僕も連日歩いていたから疲れたし、そろそろまともな食事にありつきたい。


 そう言えば、道中ミコトは歩き疲れたような様子は見せなかった。休憩は三度の食事休憩と夜寝る時だけだったが、ミコトは泣きごとを言わなかった。歩き疲れた様子もなく、歩くペースも変わらなかった。


 監禁されて生活していたようだが(本人は自覚がないが)、不思議なことに体力はあるらしい。




 ラルルラータの町は活気に満ちていた。また、不思議なことに隣町である僕たちの町が全て焼き尽くされてしまったというのに、自分たちの町は大丈夫だろうか?という危機感もなさそうだ。


 と、言うよりも……。


「……僕たちの町が火事になったことを知らない?」


「……そうみたいね。誰も私たちの町の話をしていないわ。歩いて2日ほどの町が何者かに焼き払われたというのにまったく話題に上がっていないわ。」


 それはとても不思議なことだ。町が一つ壊滅したのなら、誰かしら話題にしていてもおかしくないというのに。


 僕たちが住んでいた町は、ラルルラータの町と交流が盛んではなかったとしても、ある程度の情報は出回るはずだ。それとも、一週間以上が経ったから僕たちの町の話などとうに過ぎ去ってしまったのだろうか。


「ねえ、ロレインちゃん。僕たちの町はラルルラータの町とは取引がなかったの?」


「いいえ。そんなことはないわ。ラルルラータ町が一番近いんだもの。私が育てていた羊の毛や山羊のミルクを加工したチーズなどをラルルラータの商人に買い取ってもらっていたわ。だから、全く話題にのぼらないということはないと思うんだけど……。」


 町の生き残りだと言っていいものか悪いものなのか判断できない状況では、僕たちの町の名前を安易に口に出すことはできない。


 もし、生き残りだとバレたら始末されてしまうかもしれないから。


 それは避けたい。でも、町のことを聞きたい。もしかしたら僕たち以外にも逃げ延びている人たちがいるかもしれないのだから。


「聞いてみる?食堂だったらいろんな情報ありそうだし。冒険者が良く行くと思う食堂を探してみようよ。」


「そうね。それとなく聞いてみようかしら。」


 僕たちは冒険者が好んで使いそうな食堂を探した。そして、その食堂に入ってみる。


 ごくごく普通の食堂だが、盛りが良いので冒険者に好まれている食堂のようだ。よくみれば、昼間からお酒を飲んでいる人もいる。


「すみません。お勧めの定食をください。」


「私はAランチで。ミコトちゃんはどうする?」


「ロレイン、同じの。」


「はーい。注文承りました!すぐに持ってくるからね。」


「よろしくお願いします。あの、ところで……。」


 食堂のお姉さんは元気よく返事をするとすぐ去って言ってしまう。忙しいらしい。ちょうど昼食時だもんね。仕方ないよね。


 でも、それ以上に気になることが……。


「忙しいから仕方ないわよね。」


 ロレインちゃんも口をはさむ隙がなかったようで苦笑している。


「うん。でも、さ。ロレインちゃん。そう言えば、僕たちの町は何ていう名前なんだっけ?」


 そう。僕は僕たちが住んでいた町の名を思い出せないのだ。食堂のお姉さんに声をかけたとき、町の名前を出そうとして町の名前を思い出すことができなかった。


 そうそう簡単に自分の住んでいた町の名前を忘れることがあるのだろうか。


 そんなばかな。産まれてからずっと育ってきた町だ。いくら、じいちゃんの家からほとんど出たことがなくたって、町の名前くらい覚えているのが普通だ。


 僕も確かに覚えていたはずなんだ。


「え?なにを言っているの?シヴァルツくんったら。忘れちゃったの?私たちの町の名前はね…………え?……あれ?なんだったっけ?……おかしいわね。思い出せないわ。」


 ロレインちゃんはしょうがないわねぇ。と笑いながら僕に町の名前を教えてくれようとしたが、その笑顔が途中で消える。


 どうやら僕だけでなく、ロレインちゃんも思い出せないようだ。


「町の名前、知らない。」


 ミコトもわからないらしい。いや、ミコトにはそもそも町の名前を教えた覚えがないから、知らないが正しい。


 でも、それにしても、これはとてもおかしいことだと思う。


 生まれ育った町の名前を僕だけでなく、ロレインちゃんも思い出せないだなんて。


「どうしたのかしら……。本当に思い出せないわ。」


「いったい。どうなってるんだろう?僕たちはなんで忘れてしまったんだ?」


 それからは頭が疑問符でいっぱいで、僕たちは食事の味もわからなかった。ただ、出された食事を無言で咀嚼し飲み込むことを繰り返す。


 しばらくして、


「あなたたち、さっき私に何か聞きたそうだったよね?ごめんね。忙しくて。なんか訳ありなのかしら?」


 さきほど呼び止めようとした食堂のお姉さんがやってきた。どうやら食堂の方がひと段落したようだ。


 辺りを見回すと食堂の半数の席が空いている。皆、さっさと食事をして出て行ってしまうようだ。


「あ、忙しいのに、すみません。僕たち父を探す旅をしていて……。」


「そうなの。私はシヴァルツくんの従姉なんだけれどね、シヴァルツくんのお父さんが一週間くらい前から帰ってこなくって探してるんです。」


「まあ、そうだったの。お父さんはどこに行くか言っていたの?」


「はい。ラルルラータから歩いて2日程の町だと言っていました。どこの町か知りませんか?」


 僕たちは父親を捜す子供を演じることにした。


 そして、僕たちの町のことを調べる。僕たちの町の名前は出さずに。


「んー。歩いて2日かぁ。メルルラータならここから歩いて半日だし。レルルラータなら歩いて3日よねぇ。他には近い町なんてないし……。」


 お姉さんは僕たちのことを心配して真剣に考えてくれているようだ。


 どちらの町の名前も僕は知っている。でも、僕の町の名前はそのどちらでもない。


「あの。僕たち、メルルラータから来たんだ。レルルラータはどちらの方角ですか?」


「そうなのね。レルルラータは南西の方角よ。」


 お姉さんはそう教えてくれた。


 僕たちの住んでいた町は南東の方角だ。メルルラータは北の方角にあるはずだ。


「そうなんですか。ラルルラータから南東の方角って父が言ってたんですが、そっちの方角には町はないんですか?」


 もっと突っ込んで聞いてみる。僕たちの町を知らないか、と。


「んー。南東の方角に町、ねぇ。……ごめんなさい。もう20年近くラルルラータに住んでいるけれど、南東の方角に町があるなんて聞いたことがないわ。あっちは森が広がっているんじゃなかったかしら?」












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