第17話






 それから何人かの冒険者に、僕たちが住んでいたはずの町について聞いてまわったが、誰も彼も皆首を横に振るだけだった。


 答えはだいたいいつも同じ。


「ラルルラータの南東に町があるなんて初めて聞いた。お前の親父さん誰かに騙されたんじゃねぇのか?」


 ラルルラータの南東には町がない。というのが一般常識のようだ。


 僕たちとしては衝撃的なことだった。


「ねぇ、ロレインちゃんが取引のあったっていう商会の人に聞いてみたらどうかな?」


「そう、ねぇ。私たちがあの町から来ているってことを知られるのがまずいかなって思って、あまり会いたくはなかったけど。ここまで私たちの町が知られていないというのも不可解だし……。気になるし……。行ってみようか。」


 そういうことになった。


 ほどなくして、僕たちはロレインちゃんがお世話になっているという商会の前にたどり着いた。商会は町の中心部に位置しており、比較的大きな建物だった。きっと儲かっているのだろう。


「あの、すみません。ロレインと申しますが、アプリコッテ様はいらっしゃいますでしょうか?」


 ロレインちゃんが先頭に立って受付のお姉さんに声をかけた。お姉さんは子供だけで商会を訪ねてきたことに驚いていたようだが、すぐににこやかな表情を浮かべてロレインちゃんと相対した。


「少々お待ちください。……申し訳ございません。アプリコッテというものは当商会には在籍しておりません。」


 お姉さんは不思議な顔をしながらロレインちゃんにそう答えた。


「えっ!?あ、あの失礼ですが、ここってアブラコッテリーナ商会ですよね?」


「はい。そうでございます。」


「あの……。ラルルラータには他にアブラコッテリーナ商会ってありますか?もしくは似たよな名前の商会ってありますか?」


 ロレインちゃんが焦ったように女性に問いかける。


「……申し訳ございません。私は長年ラルルラータに住んでおりますが、アブラコッテリーナ商会は当方のみでございます。似たような名前の商会も失礼ながら存じ上げません。」


「……そ、そんな。うちの父がアブラコッテリーナ商会のアプリコッテ様と一緒にラルルラータの南東にある町に仕入れに向かうと言ったまま帰ってこなくて探しているんです。あの、ラルルラータの南東にある町はご存知でしょうか?」


 ロレインちゃんは焦りながらも、嘘の設定を思い出して女性に涙混じりで確認する。


「……お父様のことさぞご心配ですよね。ですが、誠に申し訳ございませんが、アプリコッテという者もラルルラータの南東に町があるというのも私は存じません。他の者にも聞いてまいりますのでしばらくお待ちいただけませんか?私は受付という役割上、ラルルラータの町から出たことはありません。ですが、他の町に取引に出ている者もございます。その者たちに確認してまいりますので、しばらくこちらでお待ちください。」


 お姉さんはそう言ってなにやら奥に引っ込んで行ってしまった。


 僕たちのことを怪しんでの行動なのだろうか。それとも、親切心から聞きに行ってくれたのだろうか。どちらなのだろうか。


 僕たちは緊張しながらお姉さんが戻ってくるのを待つ。


 どのくらい待っただろうか。手に汗がしたたり落ちる。


「大変お待たせいたしました。」


 お姉さんは僕たちに恭しく頭を垂れた。


「待っていただいてのに申し訳ございません。当商会の従業員は誰もアプリコッテという者も、ラルルラータの南東の町も存じませんでした。それどころかラルルラータの南東には死の森という場所があり、強力な魔物が沢山いるようです。危ないから絶対にラルルラータの南東には近寄らない方が良いとのことでした。お父様のことは大変残念なこととは思いますが、誰かに騙されたのではないかと思います。ご心配だとは思います。ですが、皆様方だけで、ラルルラータの南東には行かないでください。お願いします。」


 お姉さんは最後には涙混じりでラルルラータの南東には行かないようにと訴えてきた。


「あ、ありがとうございます。ラルルラータの南東は危険な場所なんですね……。」


 ロレインちゃんは涙を流しながら、お姉さんに挨拶をする。僕もロレインちゃんと同じように頭を下げて「ありがとうございます」とお姉さんにお礼を言った。


 お姉さんはどうやら本当に僕たちのことを心配してくれているようだった。


 僕たちはお姉さんに頭を下げながら、アブラコッテリーナ商会を後にした。












「……どうしましょうか。食料を衣服を調達しに来ただけなのに、こんなことになるなんて予想もしなかったわ。」


 ロレインちゃんは困惑した表情を浮かべている。


 僕も同じだ。


 まさか、僕たちの住んでいる町をラルルラータの人たちが知らないとは思わなかった。


「……僕たちの住んでいる町を知らないどころか、僕たちが住んでいた町の方角には強力な魔物が沢山でるって……。死の森だって……。」


 死の森だって。なにそれ。僕は知らない。


 確かに魔物は出るけれど、そんなに強い魔物じゃなかった。


 ラルルラータに来る途中で何かいか魔物に出くわしたけど、僕とロレインちゃんでどうにか撃退することができたくらいだ。


 それなのに、なぜ死の森とか、強力な魔物がいるとか言われているのだろうか。


 僕たちは首を傾げるばかりだった。


「そうね。それに、いつも私と取り引きをしていたアブラコッテリーナ商会のアプリコッテさんも存在しなかった。本当にどうなっているの……。わけがわからないわ。」


 ロレインちゃんはそう言って頭を抱えた。


 僕もわけがわからなすぎて頭を抱え込みたい。


「意図的、記憶、消去。誰?」


 ミコトはどこか遠くを見ながらそう呟いた。


 もしかして、ミコトには何があったかわかっているのだろうか?


「記憶が誰かに消去されたってこと?」


「……違う。消去、違う。記憶、書き換え。広範囲。例外、ミコト、シヴァ、ロレイン。部分的、失敗。」


 ミコトの言葉は時々理解することが難しい。今まであまりしゃべってこなかったのか、単語を羅列するばかりなのだ。そのため、容易に理解することができないことがある。


 でも、きっとミコトが言いたいのは……。


「僕たちの町に関する記憶が広範囲で書き換えられたってこと?それで、ミコトとロレインちゃん、僕については部分的に記憶が書き換えられた……っていうか失敗したってことなのかな?だから、町の名前は憶えていないけど、町の場所はわかる。そういこと?」


「……たぶん。」


 ミコトの言う通りだとすると色々筋が通るような気がする。


 町が焼き払われた時にきっと町と濃厚に関わっている人たちは一緒に消されたのだろう。この世から。


 そんな残酷なことをする人はいったい誰なのだろうか。


 そんなことまでしていったい何がしたいのだろうか。


「……辻褄はあうわ。でも、そんなすごい魔法、いったい誰が使えるというの……。」


 そう。ミコトの言うことは辻褄があう。


 でも、ロレインちゃんの言うとおり、誰が僕たちの住むごくごく普通の町を抹消するために、そんなすごい魔法をかけたというのだろか。


「ミコト、わからない。」


 まだまだ、わからないことだらけだ。


 僕たちは、食料と衣服を調達すると一度じいちゃんの家に帰ろうということになった。そこで、ゆっくり今回のことを整理する。


 そして、もう一度ラルルラータに来るにしても、帰ってくるかもしれない爺ちゃんに向けて書置きだけはしてこようということになった。


 僕たちは急いで必要な食料と衣服を購入すると僕たちの町に戻ることにするのだった。


 


 


 


 


 


 でも、それが甘い考えだと知るのはラルルラータの町を出たときのことだった。




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