第12話




「あっ……。ええっと、私はロレインと言います。ミコトちゃん……だよね?」


 ロレインちゃんはミコトの不躾な問いかけに一瞬だけ驚いたような表情をしたけれど、すぐににっこり笑って自己紹介をしていた。


 まあ、ミコトからしたら、ただ誰かわからないから訊いただけなんだろうけど。それに、ミコトは育ってきた環境もあるのか無表情のことが多いから、人によってはぶっきらぼうな問いかけは威嚇だと思う人もいるだろう。


「ミコト、あってる。」


 ロレインちゃんの問いかけに、ミコトは小さくコクリと頷いた。


「シヴァ、爺ちゃん、どこ?」


 ミコトは僕が爺ちゃんを探しに行ったはずなのに、爺ちゃんと一緒じゃないことを不思議に思って問いかけてきた。ミコトに町で起こったことを正直に伝えるかどうか判断に迷う。


 僕が数秒の間、どう答えようか迷っているとミコトは、


「シヴァ、爺ちゃん、いない。シヴァ、知らない。」


 と、無表情のまま小さな声で呟いた。


 確かにその通りだ。僕は爺ちゃんを見つけられなかったのだから。どの死体が爺ちゃんだったのかはわからない。もしかしたら、爺ちゃんは逃げていて無事だったのかもしれない。だから、爺ちゃんが死んだとは言えない。


 言えるのは、爺ちゃんは行方不明だということ。僕は爺ちゃんの行方を知らないということ。


「……ミコト。爺ちゃん見つけられなくてごめんな。それから、今日からこの家でロレインちゃんも過ごすことになったんだ。ロレインちゃんの家が火事で燃えちゃって行く場所がここしかないんだ。いいよね?」


 僕はミコトにロレインちゃんのことを説明した。ロレインちゃんの家が火事になったというのは本当のこと。町全体が消し炭になったってことは、まだミコトには言わなくてもいいだろう。ミコトは町のことも知らないし。余計な心配はかけさせたくない。


「ロレイン、一緒。わかった。」


 ミコトはロレインちゃんに視線を合わせて頷いた。ロレインちゃんはそんなミコトを見てにっこりと笑顔を浮かべてミコトに向かって右手を差し出した。


 ミコトは差し出された手の意味がわからず、キョトンとした表情でロレインちゃんを凝視している。


「この手、なに?」


「握手しましょう?」


「……握手?……知らない。」


「そっか。握手はね、仲良くなるためのおまじないなんだよ。私はミコトちゃんと仲良くなりたいの。」


 ロレインちゃんは、ミコトの右手をやや強引に掴むと握手をした。


 ミコトはよくわからないようでキョトンとした顔をして、ロレインちゃんのされるがままになっている。


「呪(のろ)い?」


「……まあ、のろいと書いてまじないって読むけどね。なんか、呪(のろ)いって言われると嫌な感じだから、おまじないって言おうか。」


 ミコトの「呪い」発現にロレインちゃんは顔をひきつらせた。確かに感じは一緒だ。読み方が違うだけ。だけれども、読み方が違うと全然違う印象を受ける。


「ロレイン、仲良くなる、呪(のろ)い。」


「いや、だからおまじない……。」


「仲良くなる、呪(のろ)い。」


「……おまじない。」


「呪(のろ)い。」


「……もういいよ。呪(のろ)いで。」


 なぜだか、ミコトは「呪(のろ)い」という言葉が気に入ったようだ。ロレインちゃんが「おまじない」と言い直しても、しきりに「呪(のろ)い」と言い換えている。呪(のろ)いって言うと悪い意味にしか思えないんだけどなぁ。


 最後には結局ロレインちゃんが折れる形となった。ミコトの粘り勝ちだ。


 ミコトはロレインちゃんに握手された右手をジッと見つめながら、なにやら握ったり開いたりを繰り返している。それから、僕の方をジッと見て、僕に右手を差し出してきた。


「……?」


 僕はミコトが手を差し出した意味がわからず首を傾げる。なにか、欲しいということだろうか。


「……呪(のろ)い。」


 僕が戸惑っているとミコトはポツリとどこか寂し気に呟いた。


 ああ、そっか。そういうことか。


「うん。よろしくね。」


 僕は、ミコトの言いたいことをやっと理解して笑顔になって、ミコトと握手をした。少しだけ、ミコトの顔が嬉しそうに微笑んだような気がした。ミコトの手はひんやりとしていた。


 握手しなくても、僕はもう既にミコトと仲良くなったと思っていたんだけどね。


 覚えたことを即実践しようとするミコトはなんだかとても可愛らしく思えた。


「ミコトちゃん、可愛いっ!!」


「みぎゃっ……。」


 ロレインちゃんも僕と同じくミコトが可愛く思えたようで、ミコトに飛びつくように抱きついていた。ミコトは嫌がったりはしなかったけれど、驚いた顔をしていた。


 きっと、ミコトは抱きつかれたことなどないのかもしれない。


 それにしても、町の人たちが皆焼き殺されたにしてはロレインちゃんは元気そうに見えた。もっと憔悴しているのではないかと思っていたけれど。それとも、年下の僕とミコトに心配をかけないように元気なフリをしているのだろうか。


 考えてもどちらが正しいのかは、ロレインちゃんの心を読めない僕にはわからなかった。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る