第11話








 僕は苦し気なロレインちゃんに爺ちゃんから教わった治癒魔法をかける。治癒魔法によってロレインちゃんは少しずつ良くなっているようで、徐々に呼吸が落ち着いてきた。


「ありがとう。シヴァルツくん。」


 治癒魔法で落ち着いたロレインちゃんは笑顔で僕にお礼を言ってきた。


「ううん。僕でも治せたのはロレインちゃんが大怪我をしていなかったからだよ。苦しかったのは呼吸だけだったでしょう?身体は怪我していないみたいだったし。」


 僕の治癒魔法は爺ちゃんと違ってまだ発展途上。だから、爺ちゃんみたく瀕死になっている人を回復させることはできないし、切断された四肢をくっつけるなんてこともできない。僕はまだ簡単な怪我の治癒しかできないのだ。


 ロレインちゃんが軽傷だったから治せただけで、重症だったら僕にはどうすることもできなかっただろう。


「……町は、壊滅状態ね。」


「……うん。僕が来た時にはもう……。」


 ロレインちゃんはゆっくりと起き上がると辺りを見回して悲壮感を漂わせた。


 僕とは違ってロレインちゃんは産まれた時からこの町で生活してきたんだ。親しい人だっていっぱいいただろうし、知り合いだっていっぱいいたはずだ。その人たちが死んでしまったのだ。悲しまないわけがない。


 正確には、火事に巻き込まれる前に逃げ出していて、死んでいるとは言い切れないけど。


「……そう。そうよね。」


 ロレインちゃんは嗚咽を漏らしながらまたその場に蹲ってしまった。










「……ごめんなさい。頭がまだついていかないの。ねぇ、無事な場所はあるの?私の他にだれか町の人に会った?」


 ロレインちゃんはしばらくして少し落ち着いてきたのか、僕に問いかけてきた。その声は必死だった。


「……ごめん。ロレインちゃん以外の人にはまだ会ってないんだ。町に入ってからまっすぐロレインちゃんの家に来たから……。無事な場所があるかどうかも、わからない。」


「……そう。……そうよね。私の家は比較的町の端にあるものね。シヴァルツくんが来るルートだと町の4分の1も見れないわよね。」


「……ごめん。……ここで夜を明かすのは危険だから、ロレインちゃん一旦僕の家に来ない?ここには、身を隠す場所もないし、無事な家も見渡す限りではなさそうだし……。僕の家の方が落ち着けるんじゃないかって思うんだ。」


 僕はロレインちゃんに提案した。


 町全体を見てはいないが、きっと町は壊滅状態なのだろう。生きている人だってロレインちゃん以外にいるかどうかわからない。悲惨な町の状態をこれ以上ロレインちゃんに見て欲しくなくて、僕の家に来ることをロレインちゃんに提案した。


 でも、ロレインちゃんは小さく首を横に振った。


「……ありがとうシヴァルツくん。……でも……でも……町の様子を……確認したいの。町の様子を確認して、……生存者がいるかどうか確認してから……シヴァルツくんの家に行くか決めさせてくれないかな。」


「……うん。わかった。」


 僕が確認するからロレインちゃんは休んでてと言ってもきっとロレインちゃんは自分で確かめると言うだろう。ロレインちゃんは、こんな僕にも優しくしてくれた人だ。きっと他の人が無時かどうか、自分の目で確かめないことには納得はしないだろうし、心の整理もつかないかもしれない。ロレインちゃんにとってはとても酷なことだとは思うけれど。


「……ありがとう。……ねぇ、シヴァルツくん……こんなこと言って、私……すっごく勝手かもしれないけど……。」


「なぁに?なんでも言って。ロレインちゃん。」


 ロレインちゃんは言い辛そうに何度も口を開けては閉じることを繰り返している。僕はゆっくりロレインちゃんの続きの言葉を待った。


「……あのね……あのっ……一人だと、心細いから……一緒に町を見てまわってくれないかなぁ……。」


 俯きながら言うロレインちゃんのお願いに僕は二つ返事で頷いた。


「そんなこと。当たり前じゃないか。ロレインちゃんの側にいるよ。僕と一緒に町の中を確認しよう。……実は、僕も爺ちゃんがどこにいるか探しているんだ。昨日、この町に爺ちゃんが来たはずなんだ。でも、帰ってこなくて探しに来たんだ。そしたら町がこんな状態になってた。」


 僕はロレインちゃんと手を繋ぎながら町の中を確認しつつ歩く。


 1時間ほど歩き回っているが、無事な建物は見つからないし、生存者も見つかっていないような状況だ。


「……シヴァルツくんのお爺さん、昨日会ったわ。……シヴァルツくんと同じ年頃の女の子を拾ったからってその子の洋服を取りに来たのよ。」


「うん。爺ちゃんもそう言ってた。ロレインちゃんに洋服を用意してもらってるって。」


「……シヴァルツくんのお爺さんに洋服を渡した直後だったわ。辺りに爆発音が響き渡ったのは……そこからは私の記憶も曖昧なの……。……複数の爆発音に皆の悲鳴が聞こえてきたわ。……私もパニック状態に陥ってしまって、シヴァルツくんのお爺さんが私の家を出た後だったのか出る直前だったか覚えていないの。……すぐに辺りを炎が取り囲んでしまったし……。」


 ロレインちゃんは辛そうに当時のことを教えてくれた。まだ思い出すことも辛いだろうに。ロレインちゃんは僕が爺ちゃんを探していると言ったから、僕のために教えてくれたのだろう。


 僕は、辛いはずのロレインちゃんになんてことを尋ねてしまったのだろうと反省した。


「……教えてくれて、ありがとう。……辛いこと思い出させちゃってごめんね。でも、爺ちゃんの情報を教えてくれてありがとう。」


「……シヴァルツくんのお爺さん、無事……だよね?」


 目に大粒の涙をためて僕を見てくるロレインちゃん。


 爺ちゃんは無事だって思いたい。でも、ロレインちゃんの家の近くは特に酷く焼け焦げていた。幸いロレインちゃんは無事だったが、爺ちゃんが無事だったとは想像ができない。爺ちゃんがロレインちゃんを置いて逃げ出すとは思えないし。爺ちゃんは、あの場で黒焦げになってしまったのかもしれない。


「……爺ちゃん、そこらの冒険者より強いから生きているはず。きっとこの町を襲った人か魔物を追っていったんじゃないかな。……たぶん。」


 それは僕の希望的観測。


 いくら爺ちゃんが強いとは言え、町を消し炭にしてしまったような人だか魔物だかに勝てるとは思えない。きっと、爺ちゃんは……最期に近くにいたロレインちゃんを守ったんだと思う。だから、ロレインちゃんだけ無事だったんだと僕は思う。でも、それは僕の勝手な憶測にすぎないからロレインちゃんには言わない。……言えない。


「……そう、だよね。シヴァルツくんのお爺さんとても強いもんね。」


「うん。そうだよ。きっと爺ちゃんはどこかで生きてる。」


「……うん。」






 それからも町の隅々をロレインちゃんと一緒に捜索したが、誰一人生きている人はいなかったし、無事な建物は一つも存在しなかった。町の中心に位置する教会には人々が神に助けを求めるように折り重なって倒れていたが、誰も彼も黒く焦げており息はしていなかった。


 町全体が壊滅状態であり、人々は非難することさえできないまま死んでいったのではないかと思われる。もしかしたら町の外まで逃げ延びた人がいるかもしれないが今日の捜索は町の中だけにとどめておくことにした。


「……ロレインちゃん。ひとまず僕の家で休もう。明日、また捜索しよう。」


「……そう、ね。」


 ロレインちゃんは町の生存者がいないことを知り、僕の言葉に小さく頷いた。








「ミコト、ただいま。ごめんね。遅くなった。」


「……シヴァ、その女、だれ?」


 傷心のロレインちゃんを連れて家に帰ると、ミコトが玄関の前に座って待っていた。そして、僕と僕の隣にいるロレインちゃんを見て無表情で問いかけてきた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る