第10話




 町に近づけば近づくほど、焦げ臭い匂いが強くなる。鼻をつくその匂いに嫌な気分を味わう。歩くほどに煙も増えてくる。目に痛いほどだ。


 それでも、爺ちゃんを探して僕は町に向かった。


「町が……火事なのか?」


 いつから火事なのかわからない。ただ、町に近づけば近づくほど周囲の気温が上昇してくる。これは、一軒や二軒が火事になっているだけではないのかもしれない。もしかすると、町全体が火事なのかもしれないと、僕は背中に冷や汗を感じた。


 やがて森が開け、町が見えてくる。


 町は一面火の海となっていた。


「ああ……。そんなっ……。」


 対して思い入れのある町ではない。町では嫌なことばかりだったから。それでも、町中が燃えているのを見るとなんとも言えない気分になる。


 町全体を覆う火に絶望的な思いで前に進む。火の手はあちこちに上がっている。だけれども、歩けども歩けども待ち人の姿は見えない。もちろん、爺ちゃんの姿も見えない。


 煙で視界が遮られてあまりよく先が見えない。肌も火であぶられているかのように痛む。それでも、僕は爺ちゃんを探すために先へと進む。


「そう言えば、ロレインちゃんの家に行くって言ってたよね。」


 僕は爺ちゃんが家を出る前に言った言葉を思い出して、燃え盛る火の中をロレインちゃんの家に向かって歩いて行く。ロレインちゃんの家に向かうほど火の手は弱まっていく。というより、燃える物がすべて灰となってしまっているため、火の手が弱まっているというだけだ。


 きっと、火の手はロレインちゃんの家の近くから上がったのだろう。そしてそれが町全体に広まった。いや、でも町全体に広がるのは普通の火事ではない。誰かが意図的に町全体を火の海にしたのだろう。


 いったい誰が。どうやって。なんのために。


 この分だとロレインちゃんも無事ではないのかもしれない。爺ちゃんも……。


 そんな絶望的な気分に打ちのめされる。ここに来るまでも、たくさんの焼死体と思われるものが町のいたるところに転がっていた。断言できないのは真っ黒になってしまっており、人とは思えないほど小さくなっていたためだ。誰が誰かも判別することはできない。見た目からでは性別も判別できないだろう。


「……。」


 僕はロレインちゃんの家があったはずの場所に立ち尽くす。ロレインちゃんの家も火でほぼなにも残っていない状態だった。レンガ造りの暖炉が残っていたり、ところどころ燃えづらいものが残っているだけ。


 涙が溢れてくるのを誤魔化すためにギュッと目を瞑る。


 この分だとロレインちゃんも爺ちゃんも……。


 どこを見たって生きている人には会えなかった。誰一人会えなかった。声も聞こえなかった。もしかしたら町の外へと逃げているのかもしれないけれど。


「……っううう……。」


 どのくらいそこに立っていただろうか。火がくすぶっている音の他に、人のうめき声のような音が聞こえてきた。


 僕は慌てて周囲を見回す。どこかで動いている人影がないか目を凝らす。


「あっ……。」


 そしてその人影はすぐに見つかった。ちょうどロレインちゃんの住んでいた家があった場所。積み上げられたレンガの影で蠢くものが見える。


 僕はその陰に恐る恐る近づいた。生きていて欲しいと願いながら。


「……ろ、ロレインちゃんっ!」


 近づけばわかったのは、うめき声を上げた対象がロレインちゃんだったということだ。何回かしか見たことがないが、知り合いが少ない僕にはそれがロレインちゃんだとすぐにわかった。


「ロレインちゃんっ!ロレインちゃん大丈夫っ!!」


 僕はロレインちゃんに駆け寄って抱きかかえた。ロレインちゃんはあちこち煤で汚れてはいたが、目立つような怪我はなく呼吸もしっかりとしているようだった。


「うぅ……。」


 肩をトントンと強めに叩くと、ロレインちゃんの目がうっすらと開いた。


「……あっ……シヴァ……ルツ……くん?……ゲホッ……。」


 喉をやられているのか、ロレインちゃんの声はかすれており喋るのも辛そうだ。




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