第6話






「ねぇ、ミコト。ミコトは僕と同い年くらいに見えるんだけど、実際には何歳なの?」


 女の子に年齢を聞くのは野暮かもしれないけれど僕は思い切ってミコトに聞いてみた。


 ミコトは僕と同じくらいの年に見えるのに、なんだかミコトの言動が幼いような気がするのだ。それを確かめるためにミコトに問いかける。


「ミコト、何歳……?」


 ミコトは僕の問いかけに文字通りフリーズした。面白いぐらいにピタッと動作を止めた。


「あ、あの……。聞いちゃいけない質問だった……?」


 僕は恐る恐るミコトに確認する。


 まばたきもせずに目を見開いて固まっているミコトの目の前で手のひらをひらひらと振ってみるがまったく反応がない。年齢を訊かれることがそんなに嫌だったのかと僕は思わず焦った。


「…………ミコト、知らない。」


 ミコトは数分フリーズした後、小さな声で呟いた。


「……っえ?」


 ミコトの声が良く聞き取れなくて、思わず聞き返してしまう。


「……ミコト、シヴァと同じ?」


「……え?あ、えっと、僕は今年で10歳になったんだ。見習い冒険者として冒険に出られる年齢だよ。」


「シヴァ、10歳。10年、生きてる。」


「え、あ、うん。そう。10年生きてるよ。」


 なんだか独特な言い回しをする子だなぁ。ミコトは。


 そう思いながらも僕はミコトに合わせるように答える。


「シヴァ、とても長生き。」


「えっ?」


 ミコトは関心したように何度も首を縦に振りながらそう言った。


 僕が長生きってどういうことだろうか。10歳はまだ子供だ。15歳で大人として認められるこの国では、10歳はまだまだ半人前で。長生きと言われてもまったくピンとこない。っていうか、長生きって言ったら僕よりずっと生きている爺ちゃんの方が長生きなんだけど。


 あれ?そう言えば、僕、爺ちゃんの年齢知らない気がする。いくつなんだろ?今まで気にならなかったけど、今度聞いてみよ。


「僕はまだまだ長生きとは言えないよ。爺ちゃんなんてオレの5倍以上は生きてるもん。」


 5倍どころか10倍かもしんないけど。実際の年齢なんて知らないから適当に答える。


 ミコトは僕の答えに驚いたように限界まで目を見開いた。


「爺ちゃん、シヴァの5倍?10倍生きてる?すごく長生き。あり得ない。」


 いや。あり得ないってそんなことはないと思うんだけど。


 爺ちゃん以外の人とはほとんど関りがないまま生きてきた僕だけど、町に行ったとき爺ちゃんと同じくらいの見た目の人何人もいたし。爺ちゃんがあり得ないほど長生きだってことはないと思うんだけど。


「あ、あはは。じゃあ、ミコトのご両親は何歳なの?」


 なんて言っていいかわからないけれど。とりあえずミコトのご両親のことを訊いてみる。


「……ミコト、両親?」


 ミコトは今度は首を横に倒した。どうやらよく意味がわかっていないようだ。


「うん。えっと、両親っていうのはミコトのお父さんとお母さんのことだよ。」


「……お父さん?お母さん?」


 お父さんとお母さんという言葉にもピンとこないようだ。まさか、父親も母親もいないなんてことはないよな?呼び方が違うだけ?


「パパとか、ママとか。父とか母とか。パピーとかマミーとか。知らない?」


「……ミコト、わからない。」


 思い浮かぶ限りの父親と母親を意味する単語を並べてみたけれど、ミコトにはどれも心辺りがないようだった。


「えっと。ミコトを育ててくれた人のことなんだけど……。」


 もうなんと言ったらいいかわからなくて、そう尋ねてみる。そう言うとミコトはハッとした表情を浮かべた。


「ミコト、育てたの真っ白な人。名前、知らない。」


「名前を知らないの?ミコトはその人のことなんて呼んでいたの?」


 ミコトの両親は僕と同じようにいないのだろうか。それならお父さんという言葉にもお母さんという言葉にも反応を示さなかったのが理解できるような気がする。


「……ミコト、呼んだこと、ない。」


「え?」


 ミコトの言葉に僕は言葉を失った。


 どういうことだろうか。育ててくれた人を呼んだことがないとは。


 僕は両親がいなくても爺ちゃんがいたし。孤児だって、孤児院があるって爺ちゃんが言ってた。そこでは、孤児たちの面倒を見ている人がいて、神父とかシスターとか呼ばれているとか聞いたんだけど。その人たちのことなのだろうか?


 呼んだことがなかったってことは、ミコトは育児放棄されていたってこと?生きるための最低限の衣食住だけ補償されているだけで、交流はほとんどなかったということだろうか。


 ミコトはどれだけ過酷な場所にいたのかと思うと僕は胸が痛くなるのを感じた。人との交流がなかったからミコトは言葉が不便なのかもしれない。


「あ、うん。ごめんね。変なこと聞いて。これからはミコトは爺ちゃんと僕の家族だよ。いっぱいお話していっぱい笑おうね。」


 なんて言っていいかわからない。


 爺ちゃんは今後もミコトの面倒をみるとは断言しなかったけど、なぜだか僕はミコトと家族になりたいと思った。こんな状態のミコトを放り出したくはなかったのだ。僕の完全なエゴだけど。


「……家族、って何?」


 案の定、ミコトは「家族」という言葉も知らなかった。家族を知らずに過ごしてきたのなら当たり前なのかもしれない。


「ミコトのことが大好きで一緒に暮らす人のことだよ。」


「……大好き?ミコト、わからない。」


「うん。そうだね。一緒に暮らしていけばそのうちわかるようになると思うよ。」


 ミコトは僕たちが大好きなのかどうかわからず混乱しているようだ。戸惑ったような表情を浮かべている。


 それもそうだよね。会ったばかりなのに、大好きもなにもわからないよね。


「……うん。」


「これから、よろしくね。ミコト。」


「……よろしく?シヴァ」


 戸惑った表情はウサギのようでとても可愛かった。


 ミコトは僕の妹として家族になるんだと、この時の僕は何の迷いもなくそう思っていた。














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