第5話




「なぁ、爺ちゃん。ミコトの住んでいたところの常識って僕たちが住んでいるところと全然違うのかな?パンも見たことなかったみたいなんだけど。シチューも暖かいことに驚いていたし。スプーンも使ったことがないみたいだったしさ。」


 汚れたお皿を洗いながら、爺ちゃんに話しかける。


 ミコトはとても不思議だ。まるで食事の仕方を知らないようにも思えた。スプーンだって使い方をしらなかったみたいだし。今までどんな食事をしていたのだろうか。


「そうだねぇ。少なくとも儂はパンは世界各国にあると思っていたよ。今まで旅をしてきた中でパンを知らない国は見たことがない。そう考えるとミコトちゃんはとても不思議な子だ。どこかに閉じ込められて今まで暮らしていたのかもしれないね。身体の線が細いことも考えると、まともな食事を与えられていなかったのかもしれないのぉ。」


「だからミコトは家を出て来たのか?」


「どうじゃろうなぁ。ただなぁ。素足じゃったんだよ。素足で逃げてきたにしては、足の裏が綺麗だった。汚れてもいなかったのぉ。まるで誰かに抱きかかえられて連れてこられたようにも見えるのぉ。」


 爺ちゃんは真っ白な髭に手を当てながら僕の問いかけに答える。


「そう言えば、真っ白い服を着ていたのに服も汚れ一つなかった。うちは森の中にあるし、自分で歩いてくれば服だって汚れるはずなのに。」


「そうじゃろう。ここは森の中の一軒家じゃ。周辺には家もなければ小屋すらもない。ミコトちゃんが一人で歩いてきたわけではなさそうじゃ。かといって、抱きかかえられてきたにしてもおかしな点はあるがのぉ。とにかくミコトちゃんは綺麗すぎるのじゃ。」


「……うん。」


 ミコトは容姿も綺麗だが、服もとても綺麗だった。真っ白な上質な絹の洋服をまとっていた。


「育児放棄されていたにしては、洋服だけは高価だったしのぉ。それに髪の毛もとても綺麗じゃ。毎日丁寧に手入れをされていたと見受けられる。」


「……うん。」


 確かにミコトの髪はとても綺麗だった。真っ白でサラサラで、艶々としていた。貴族の令嬢でさえあれほど綺麗な髪を持った女性はいないだろう。貴族の女性なんて見たことないけど。


「そうじゃのぉ。あれほど綺麗な髪は貴族の女性でも見たことがないのぉ。」


「つまり、ミコトは……。」


「そうじゃ、ミコトちゃんは……。」


 僕と爺ちゃんの声が重なる。


「女神様ってことですね!!」


 僕は目をキラキラとさせて自分の考えを爺ちゃんに告げる。


 そうだよ。ミコトが女神様なら全てに納得がいく。きっと生まれ落ちたばかりの女神様なんだ。だから、ミコトはいろんなことを知らないんだ。


 ミコトが女神様だと考えると全てに納得が行くような気がして、僕はコクコクと首を縦に動かした。


「……残念じゃが、違うと思うのじゃ。」


 ただ、僕の思い付きに爺ちゃんは苦笑いしながらやんわりと否定した。


「……なら、ミコトはなんだっていうんです?」


「さてなぁ。儂にはわからぬ。大方の見当はついておるが、確証はないのぉ。確証がないまま決めつけるのはとても危険な行為じゃ。つまり、儂はミコトちゃんが何者なのか知らぬということじゃ。」


「……爺ちゃん。」


 爺ちゃんは時々とても回りくどい言い方をする。長い年月を生きて来たからなのか、それとも爺ちゃんの性格なのかよくわからないけれども。確証がなければ断言しない。それが僕の爺ちゃんだ。


「まあまあ、ミコトちゃんに直接聞くしかないのぉ。教えてくれるかはわからぬが、ミコトちゃんが嫌がるようなら深くは聞かぬ方が良さそうじゃなぁ。」


「……うん。あとで落ち着いたら聞いてみる。」


 僕は爺ちゃんの言葉に頷いた。


「そうじゃなぁ。うぅむ。ミコトちゃんを医者にも見せたいと思ったが、これは口の堅い医者を探さねばならぬのぉ。」


「ドッチャオ先生じゃだめなの?」


 気を失っていたわけだから、どこか具合が悪い可能性もある。そう思って僕たちはミコトをお医者様に見せようとしていた。だけれど、ミコトが訳ありなら口の堅い医者の方が良いだろうという判断になった。どこからか逃げ出してきたのかもしれないし、もしかしたら悪い奴らから追われているのかもしれないからね。


「ドッチャオ先生は良い先生なのじゃが、口は軽いはずじゃよ?シヴァルツを見てもらった時にすぐに口を滑らせたじゃろ。」


 ドッチャオ先生は僕が住んでいる家から一番近い町の医者だ。とても感じの良い女性の先生なのだが、話し好きでうっかり口を滑らすことがある。


「うぅ……。確かに。」


 僕は頭を悩ませた。


「医者に見せるのは少し様子を見てからにしようかのぉ。先ほどの様子じゃあ特にどこかを痛がっているようにも見えなかったし、食欲もあるようじゃったしの。」


「……そうだね。」


 結局、お医者様にはひとまず見せないことにした。どこから情報が漏れるのかわからないから。


「あとは、ミコトちゃんの髪はとても綺麗じゃがとても目立つ。もし、この家から出るようなら髪の色を染めた方がいいじゃろう。シヴァルツの黒髪は染めることが出来ぬが、ミコトちゃんの白髪なら簡単に染めることができるじゃろ。」


「……そうだね。」


 僕は真っ黒な髪をしているから、どんな染粉を使っても髪が染まることはない。どんな色も黒に勝ることはないから。だけれども、ミコトのような白髪ならどんな染粉を使っても綺麗に染まるだろう。


「なぁ、爺ちゃん。」


「なんじゃ。」


「……ミコトは人間、なんだよね?」


 姿形は人間なのだけれども、どこか人間とは遠い存在にも見える。それこそ女神様のように遠い存在のようだ。爺ちゃんはミコトは女神様じゃないというが僕はどうしてかミコトが女神なんじゃないかと思ってしまう。


「……さてな。」


 爺ちゃんからはそんな言葉が返ってきた。




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