第4話






「ミコト!遅くなってごめんね。食事を持ってきたよ。って、ミコトって食べれないものとかあった?」


 僕は出来立てのシチューとパンを持って寝室のドアを開けた。


 ミコトは、ベッドに腰かけてこちらを不思議そうに見ていた。


「……食べれないもの?わからない。」


 ミコトは首を傾げると、食べれないものがあるかわからないとだけ言った。


「そっか。爺ちゃんが山羊のミルクを使ったシチューを作ってくれたんだ。」


「それが、食事?」


 僕はベッドとベッドの間にテーブルを用意すると、その上に爺ちゃんが作ってくれたシチューとパンを乗せた。ミコトはテーブルの上のシチューを興味深そうに見つめている。


「うん。ミコトはシチューを見たことがないの?」


 シチューはこの国では一般的な料理じゃなかったっけ?と不思議に思いながらミコトに尋ねると、ミコトはコクリと小さく頷いた。


「初めて、見た。こっちの……固形物は、なに?」


 ミコトは皿に山盛りになっているパンを指さして質問してくる。流石にこれには僕も驚いた。


「パンだよ。知らない?食パンとか、ロールパンとか知らない?」


「……知らない。」


 ロレインちゃんがくれたのは、ロールパンだった。焼きたてのようでまだふわふわと柔らかくて美味しそうだ。もしかすると牧場に出る前にロレインちゃんが焼いたのかもしれない。


「……ミコトはいつもどんな食事を食べていたの?」


 僕は山の中で暮らしており、町に行くこともほとんどない。そのたべ料理といったら爺ちゃんが作ってくれるものか、数少ない書物で伝え聞いたものしかしらない。


 もしかすると、ミコトがいたところでは僕の知らない料理ばかりなのかもしれない。そう思ってミコトに尋ねるが、ミコトは首を傾げた。


「……食事は食べること。知ってる。ミコト、なに、食べてた?知らない。なんていう食べ物か、わからない。」


「……えっ?」


 僕はミコトの言葉に戸惑いを隠せなかった。


「ふぉふぉふぉ。そうかそうか。知らないのなら、これからいっぱい覚えて行けばいい。これはのぉ、儂が作ったシチューという食べ物じゃ。こっちは、ロレインちゃんが作ったロールパンじゃ。焼きたてだと言っておったわい。焼きたてのロールパンはとっても美味しいぞ。さあ、一口食べてみると良い。」


 爺ちゃんは戸惑っている僕を無視して、ミコトにロレインちゃんが焼いたロールパンを一つ差し出した。ミコトはそれを大人しく受け取ると、また首を傾げた。


 爺ちゃんは何も言わずにっこりと笑いながら、自分もロールパンを手に取ると一口大に手でちぎって食べて見せた。それを見たミコトは、爺ちゃんを真似するかのようにロールパンを一口大にちぎって口に運ぶ。


「……ふわふわ。」


 パンを口に入れるとミコトは驚いたように感想を述べた。もしかすると、ふわふわのパンなんて食べたことがなかったのかもしれない。そう思うと何故だか僕は涙が出そうになった。


「そうじゃろ。そうじゃろ。焼きたてだからのぉ。こうやってちぎったパンに儂の作ったシチューを浸けても美味しいよ?」


 爺ちゃんはそう言ってミコトに見せるように、パンにシチューをつけてから頬張って見せた。その様子をじっと見つめていたミコトも爺ちゃんの真似をしてちぎったパンにシチューをつけて頬張る。


「……暖かい。」


 美味しい、不味いではなくシチューが暖かいことに驚いたようだ。シチュー食べたことなかったみたいだしな。でも、なんだかこの反応はシチューが暖かいから驚いたのではなく、食事が暖かいことに驚いたような気がするのは、僕の気のせいだろうか。


「そうかそうか。暖かい料理は美味しいじゃろ。ほっとするじゃろ?」


「……ホッとする?わからない。美味しい?わからない。でも、好き。」


「そうかそうか。好きならよかった。ほぉれ、もっといっぱい食べると良い。シヴァルツの分までいっぱい食べるが良い。」


「えっ!?あ、うん。ミコトいっぱい食べてね。まだ鍋にお代わりもあるから好きなだけ食べてね。」


 爺ちゃんの言葉に戸惑いながらも頷いてシチューとパンをいっぱい食べるように勧める。


「……好きなだけ、食べる。」


 ミコトは口端を少しだけ上げるとパンにシチューを浸けて口に運んだ。


「あっ。ミコト、毎回パンをシチューに浸けなくてもこうやってスプーンでシチューを食べてもいいんだよ?」


 さっきからミコトを見ているとパンをちぎってシチューを浸けて口に運ぶことを永遠と繰り返している。もしかして、シチューをスプーンで食べるということを知らないのかと思って声をかけた。


「……スプーン?」


 ミコトはスプーンを見るのも初めてなのか、首を傾げながらスプーンを手にとった。そして、スプーンをシチューの中に入れて取り出す。


「……シチュー、とれない。」


 まっすぐにスプーンをシチューに突き立てて引き抜いただけだから、上手にシチューを掬えないようだ。僕は幼い子供に教えるように、ミコトの右手を僕の右手で重ねて、スプーンでシチューを掬うように動かした。


「シチュー、とれた!」


 ミコトは不思議そうにスプーンの中のシチューを見て目を丸くした。この様子だとどうやらスプーンを使うことも初めてのようだ。ミコトが今まで何を食べていたのか余計に気になってくる。


「シチュー、温かい。ぽかぽか。好き。」


 ミコトははしゃぐように、スプーンにシチューを掬うと口に運ぶことを繰り返した。


 お腹がいっぱいになると眠くなったのか、ミコトはしきりに目元を擦るようになった。


「眠いの?」


「ミコト、眠い。」


「病み上がりだものね。ゆっくり寝てね。」


「ミコト、寝る。」


 ミコトはそう言って、僕のベッドに横になった。そしてすぐに「すー、すー。」という健やかな寝息が聞こえてきた。寝つきがいいようだ。


「さて、片付けるかのぉ。」


 爺ちゃんは立ち上がると空になった器を持ってキッチンに向かう。僕もその後ろを追いかけた。


「爺ちゃん。ミコト寝ちゃったし、僕が片付けるよ。」


「そうかそうか。ありがとうなシヴァルツ。」


 本当はミコトの側についていたかった。でも、爺ちゃんとミコトのことを話したくて、僕はミコトから離れて片づけをする爺ちゃんの後をおいかけるのだった。






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