第3話


「爺ちゃん!ミコトが目を覚ましたよ!」


 僕はキッチンで火を使いながら料理をしている爺ちゃんに声をかけた。


「おお。そうかそうか。あの子はミコトちゃんと言うんじゃな。それにしても、意外と早く目が覚めたんじゃな。まだ、もう少しかかりそうだ。」


 爺ちゃんは鍋の中の具をグツグツと煮込みながら答える。


「良い匂い!」


「そうじゃろ。体力が落ちているかもしれないからな。今日は山羊のミルクを使ったシチューにしたんじゃよ。よぉく煮込むことで柔らかくなって病人でも食べやすいからのぉ。」


 細かく刻んだ野菜と少しばかりの肉が入ったシチューはとても良い匂いを発していた。それにしても、山羊のミルクなんて家では常備していなかったはずなんだけど。まさか、爺ちゃんってば町まで買いに行ってたのだろうか。


 いや、でも……。


「……山羊のミルクなんて家にはなかったはずだけど?」


「うむ。町まで行って買ってきたのじゃ。」


「まだ、朝の6時前だけど?お店まだ開いてないんじゃないの?」


「ふぉふぉふぉ。細かいところを気にするのぉ。」


「……まさか、盗んできたんじゃ……。」


 意味ありげに笑う爺ちゃんを僕はジト目で見つめる。


「……冗談が通じないのは誰譲りなんじゃろなぁ。牧場の朝は早いからのぉ。朝早くから山羊の世話をしていたロレインちゃんに山羊のミルクをわけてもらったんじゃよ。もちろん代価は渡してきた。」


 爺ちゃんは「はぁ」とため息をついてから山羊のミルクを買った経緯を教えてくれた。


 ロレインちゃんというのは、僕より5歳年上の牧場主の娘だ。元気いっぱいの女の子でこの国では異質な髪色を持つ僕にもとても優しくしてくれる。


「ならいいけど。」


「ロレインちゃんはいつも優しくてのぉ。シヴァルツが病気だと言ったらいっぱいおまけをしてくれてのぉ。」


 爺ちゃんはそう言って、僕にふわふわのパンやイチゴで作ったジャムを見せてきた。


「……僕が、病気って……。爺ちゃん嘘をついておまけをもらってこないでよ……。」


「まさか、誰ともわからない子を拾ったなんて言えんじゃろ。ここらでは見ない子だし、なにやら訳ありそうだしのぉ。それに、山羊のミルクを早朝に貰うには誰かに病気になってもらうのが一番だろうて。」


「そりゃあ、そうだけどさ。」


「なあに、案ずることはない。ロレインちゃんはとても親切にしてくれたからのぉ。加護をかけておいたのじゃ。」


「……加護って。まったく爺ちゃんは、加護を誰にでもほいほいかけて……。鑑定スキルもちの冒険者にロレインちゃんが鑑定されたら怪しまれるだろう」


「まあまあ、鑑定スキルもちなんて滅多にいないし大丈夫であろう。それに、ただの牧場主の娘を鑑定するなんてこともないじゃろう。」


「まあ、そうだけどさぁ。」


 爺ちゃんと僕は訳あって町から少しだけ離れた森の中に住んでいる。訳っていうか、まあ、僕の髪の制なんだけど。僕の住むドゥルガー王国には僕のような黒髪の人はいない。というか、いても排他的対象となっている。


 まあ、要するに黒髪の人物は縁起が悪いと言われて国ぐるみで追われているようなものだ。ゆえに、この国には黒髪の人物はまずいない。つまり僕は町の中では暮らしていくことができないのだ。


 できないって言うのは言い過ぎかもしれないけれど、町に入ると縁起が悪いと言われて石やゴミを投げつけられるから極力町には近づかないことにしている。


 この町も田舎なだけあって排他的主義をしている。よそ者には厳しいのだ。


 ただ、この町に定住するのではなく冒険者は好意的に受け入れてはいるんだけど。それは、冒険者はお金を落として行ってくれるから。冒険者はこの町の数少ない収入源なのだ。まあ、それでも僕のような黒髪は歓迎されないので、通常の倍の値段は払わないとまともな接待はしてくれないんだけど。


 そんな訳で僕は町に行ったことはほとんどない。必要な時はいつも爺ちゃんが町に行って、僕は家で留守番だ。


 だけれども、僕は一度だけ爺ちゃんとの約束を破って爺ちゃんの留守中に町に行ったことがある。髪を隠すフードを被ってはいたが、不意にフードが外れてしまい大騒ぎになった。町の人たちに石やゴミを投げつけられる中、僕を唯一庇ってくれたのがロレインちゃんだった。


 だから僕は助けてくれた恩返しをいつかロレインちゃんにしたいと思っている。でも、それ以降町に行く勇気がでずにいる。まあ、行ったところでロレインちゃんに迷惑をかけるだけかもしれないけれど。


「さあさ、ミコトちゃんがお腹を空かせているだろうから、ロレインちゃんからもらったパンを皿に並べてくれるかのぉ。」


 爺ちゃんは、そう言って僕に促した。僕は頷くとロレインちゃんからもらったというパンを皿に乗せる。


 一人で食べる食事は美味しくないということを僕は知っているから、ミコトの分と僕の分のパンを乗せた。


「おや、儂は仲間外れかい?」


「え?爺ちゃんも一緒に食べるの?」


「ダメなのかい?」


「いいけど……。部屋狭いよ?ベッドの上で食べるの?」


「たまにはいいじゃないか。大勢で食事を楽しむのは良いことじゃよ。」


「そうだけど……。」


 寝室はたいして広くもない。三人で食事をするだけのスペースはない。というか、ベッドの上に座らないと三人で食べることはできないだろう。


 それでも爺ちゃんは良いという。いつもは躾に厳しいのに……。と、僕は首を傾げた。








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