第2話






◇◇◇◇◇




 ……コンコンコン。


 まだ夜も明けきらぬ早朝に、ドアをノックする音で僕は目を覚ました。隣のベッドで寝ている爺ちゃんも目を覚ましたようだ。


「……ふむ。敵意はなさそうじゃな。儂が見てくるからシヴァルツはまだ寝ているがいい。まだ鳥のさえずりも聞こえんでの。」


「……爺ちゃん。心配だから僕も一緒に行く。」


「ふぉふぉふぉ。年を取ったとて儂もまだまだ現役じゃ。そんじょそこからの者には負けぬよ。」


 僕はたった一人っきりの家族である爺ちゃんを心配してついて行くと言ったが、爺ちゃんは笑って必要ないと言った。爺ちゃんは長く伸びた白い髭をひと撫ですると、「よっこらしょ」と言いながらベッドから立ち上がった。


「シヴァルツはまだ寝ているのだぞ。」


 そう言って、爺ちゃんは僕に眠りの魔法をかけようとした。いつもの爺ちゃんの手口だ。都合の悪いことがあると、すぐに僕を魔法で眠らせようとする。僕は、爺ちゃんの魔法にあらがうように魔法に対する防御結界を展開した。


「ふむ。シヴァルツも強くなったものだのぉ。まあ、良いか。気になるなら一緒に来ると良い。なぁに、敵意は感じないからまあ大丈夫じゃろう。」


 爺ちゃんは目を軽く瞠ると、ニヤッと笑ってみせた。そうして、今度は僕を手招きする。どうやら少しは爺ちゃんに認められたようだ。


「こんな時間に誰だと思う?敵意がなくても訳アリだと思うんだけど……。」


「そうじゃなぁ。訳アリかもしれんのぉ。面倒じゃのぉ。」


 目を細めて髭を撫でながら爺ちゃんは言う。面倒だと言ってはいるが、爺ちゃんからはどこか面白そうだという声が聞こえてきそうだった。


「はてはて、こんなに早く誰かのぉ。」


 爺ちゃんは無力な老人を装うかのように呟くと、なんの警戒もせずに玄関のドアを開け放った。


「おや?」


 それから、爺ちゃんはおもむろに玄関の前にしゃがみこんだ。


「可愛いお客様のようだ。」


 爺ちゃんは、僕の方を振返って外にでるようにと促す。爺ちゃんに促されて外に出た僕は真っ白な天使が横たわっているのを見た。


「アルビノのようじゃなぁ。珍しい。」


 爺ちゃんはそう言って、横たわっている少女の真っ白な髪を優しく撫でた。サラサラとした真っ白い髪が昇り始めた朝日に反射してキラキラと光っている。


「……きれい。」


 僕は反射的にそう口にしていた。爺ちゃんが僕の言葉を聞いて「ガハハッ」と笑った。


「そうだな。とても綺麗な子だな。だが、なんでこんなところで倒れているのだか。」


 爺ちゃんはそう言いながらも、少女の身体を抱きかかえて家の中に運び込む。家の中で彼女を休ませることができるのは、僕のベッドと爺ちゃんのベッドしかない。


「僕のベッドに寝かせてあげて!」


 なんとなく、彼女が爺ちゃんのベッドに横になるのが嫌で僕は爺ちゃんにそう叫んでいた。


「はははっ。シヴァルツもまだまだ幼いのに男だな。」


 爺ちゃんは笑いながら彼女を僕のベッドに横たえた。




 彼女の名前はなんて言うのだろうか。


 彼女はなんで僕の家の前に倒れていたのだろうか。


 病気なのだろうか。


 怪我をしているのだろうか。


 


 僕の頭の中は彼女のことでいっぱいだった。そんな僕を見て、爺ちゃんは


「シヴァルツはこの子の側についていなさい。目が覚めたり、痛がるような素振りがあったらすぐに儂に教えること。私はこの子が目を覚ました時のためにご飯を作ってくるよ。」


「うん。わかった。」


 爺ちゃんは、そう言ってキッチンに向かった。たまには僕も料理をするが、料理に関しては爺ちゃんに頼ることがほとんどだ。というか、僕は爺ちゃんに料理をさせてもらえない。僕が作った料理が見た目は良くても味が最悪だということを知っているからだ。


 そんな爺ちゃんもお世辞にも料理が上手いとは言えないけれども、少なくとも僕が作る料理よりは食べられるだけマシだと思う。


「どんな目の色をしているんだろう。どんな声でしゃべるのかな。」


 僕は彼女が目を覚ますのを今か今かと待ちながらベッドの脇に腰かける。彼女の様子をじっと見つめる。痛がっていたりしないかと気にしながら。


 でも、僕は彼女を見つめているうちにいつの間にか眠ってしまったようだった。目が覚めた時には彼女の意識が戻った後だった。








「ここ、どこ?あの人は、どこ?」


 鈴が転がるように高く澄み渡った声が僕の意識を覚醒させる。僕は目をゆっくりと開き辺りを確認する。すると、眠っていたはずの彼女がベッドに座って辺りを見回していた。


 いけない。僕としたことが、彼女が目を覚ます瞬間を見逃してしまっていた。


「よかった。目を開けたんだね。とても心配したんだ。どこか痛いところはあるかい?」


 僕は自分が寝ていたことに気づかれないように、すぐに彼女に話しかけた。


「ミコト、痛くない。あの人は、どこ?」


 彼女は僕の問いかけに素直に答える。でも、あの人って誰のことだろう。


 僕と爺ちゃんがこの子を発見した時には他には誰もいなかったのだ。


「あの人って誰のこと?君は僕の家の前に一人で倒れていたんだ。ああ、僕はシヴァ。こう見えても駆け出しの冒険者なんだ。君の名前は?」


「私の名前、ミコト。」


 どうやら彼女の名前はミコトというらしい。とても可愛らしい名前だ。


 だけれども、「あの人とは誰?」という僕の質問には答えてくれなかった。答えをはぐらかされたのか、それとも夢との区別がついていないだけなのか。


 今は記憶も混乱しているのかもしれないと思い、あえて深く追求はしないことにした。このままミコトが僕の家にいれば、もっといっぱいゆっくりと話すことができるのだから。


「そっか。いい響きの名前だね。まずは、お腹が空いているだろうからご飯にしよう。そのあと、お医者様にみてもらおうね。」


「わかった。」


 僕は爺ちゃんがご飯を作っていることを思い出してそう告げた。ミコトは僕の言葉にただ頷いた。


 ミコトは僕と同い年くらいに見えるんだけど、どこか発する言葉がぎこちないような気がする。目が覚めたばかりだから、だろうか。


 そう思いながらも、僕はミコトに食事を提供するために爺ちゃんがいるキッチンに急いだ。










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