虐げられてきた忌み子は実は神の眷属でした

葉柚

第1話




 アマテラス王国の王都にある神殿。


 その神殿の地下深くには、2000年前にこの世界を滅ぼしたとされる魔王スサノオが封印されているという。


 アマテラス王国のトップしか知らないその場所にひっそりと封印されている魔王スサノオ。


 その魔王スサノオの側に近づく黒いローブをまとった青年と年齢不詳の老婆。


「これが魔王スサノオか……。なんと巨大なのだろうか。」


 青年が白く細い手で魔王スサノオに触れる。


 魔王スサノオは、15mを超える巨人であった。長い年月封じ込まれている所為か、目は窪み真っ暗な闇が広がっている。肌は血の気がなく真っ白でブヨブヨとしている。まるで長時間水に浸かっていたのではないかと思うほどだ。


「スサノオ様のお身体は長い封印で崩れかけております。新しい身体が必要なのです。我が主よ。」


「ああ。そうだな。肌に触れただけで崩れていきそうだ。」


「はい。封印が溶けたとしても、すぐに崩れてしまうでしょう。今、こうしてお姿を保たれているのは封印のお陰。封印が解ければもうこの身体では、動くこともままなりません。」


 老婆はしゃがれた声で隣に立つ青年に告げる。


「魔王スサノオ。その力があれば、私がこの国を、この世界を手に入れることができるな。そうだろう?」


「はい。その通りでございます。我が主よ。そのためには、スサノオ様に新しい身体を用意する必要がございます。」


「魔王スサノオの血と肉と骨があれば新しい身体を作ることができるんだったな?」


「はい。その通りでございます。ですが、スサノオ様の血と肉と骨を得るにはスサノオ様の封印を一度解く必要がございます。そのようなことをすれば、スサノオ様の封印が解けたことが幾重にもかけられた魔法により世界中に知られることとなるでしょう。」


「それはまずいな。できるだけ事は隠密に運びたい。」


 青年と老婆は魔王スサノオの前で密談を交わす。


「封印が解けねばスサノオ様には傷一つつけられません。」


「どうにかならないのか。」


「スサノオ様を封印したとされるアマテラス様の血筋の者なら、封印を解かずにスサノオ様の血と肉と骨を得る方法を知っているかもしれません。」


「そうか。」


「はい。少量で構わなぬのです。少量でも手に入れば、スサノオ様は復活をすることができるのです。」


「そうか。アマテラスの血筋になら見当がついている。くっくっくっ。魔王スサノオの力を手に入れるのはもうすぐだな。」


 青年は仄暗く笑みを浮かべた。その横で老婆も口端を上げた。






◇◇◇◇◇




「ミコト、そっちじゃない。こっちだ。こっちに来るんだよ。」


「……ミコト、間違えた?」


「ああ、こっちだ。」


「……ミコト、こっち行く。」


「ああ、おいで。」


 透き通るような真っ白な肌と、髪を持つミコトと呼ばれた10歳前後の少女はトテトテと歩きながらミコトを呼ぶ壮年の男性の元に歩み寄る。


「あってる?」


「ああ、あってる。ここから出よう。ミコト君はここにいてはいけないんだ。ここにいたら君が危険だ。」


「……ミコト、危険?なぜ?」


 ミコトと呼ばれた少女は、赤い瞳をまん丸く見開いて首を傾げる。


「歩きながら説明するよ。」


 男性はミコトの白く細い手を掴み抱き上げる。


「少し急ぐからな。舌を噛まないように口をギュッと閉じていろ。」


「わかった。ミコト、口を閉じる。」


 男性の言う事を素直に受け入れたミコトは口を閉じた。そして一緒に目も閉じる。


「ああ。それでいい。ここから先は見なくていい。聞かなくていい。」


 ミコトは口を閉じろと言われたため、頷くようにコクリと首を縦に振った。


「ミコトはお利口だな。大丈夫だ。ミコトは、ここでなくても生きていける。」


 男性はそういうと、どこの国の言葉かもしれない言葉を小さく口ずさむ。とたんに男の姿が辺りから消えるとともに、ミコトの身体に言いようのない重力がかせられる。


「くっ……。」


 ミコトの口から思わず声にならない声が発せられる。


「大丈夫だ。もうしばらくの辛抱だ。ミコトなら我慢できる。ミコトはとてもいい子だからな。大丈夫だ。」


 ミコトは男の言葉にギュッと目を閉じたままコクリと頷く。ミコトは男のようにこの重力がかかる中ではしゃべることができない。ただ、ギュッと目を閉じたまま男に身をゆだねるしかなかった。






◇◇◇◇◇




「ううん……。」


 次にミコトが目を開けた時、知らない天井がミコトの目の前に広がった。いつもは真っ白で無機質な天井なのに、今目の前にあるのは温もりを感じる木の天井だ。


「ここ、どこ?あの人は、どこ?」


 目を開けて、周りを見回すがミコトを危険だからと連れ出した男の姿はどこにもなかった。代わりに、ミコトと同い年の男の子がミコトの側に寝こけていた。


 その男の子もミコトが喋ったことで目が覚めたのか、ハッとした表情をしてからにっこりと笑った。


「よかった。目を開けたんだね。とても心配したんだ。どこか痛いところはあるかい?」


「ミコト、痛くない。あの人は、どこ?」


 ミコトは自分を連れ出した男がいないことを不思議に思って問いかける。だけれども、目の前の男の子は目をパチクリとさせた。


「あの人って誰のこと?君は僕の家の前に一人で倒れていたんだ。ああ、僕はシヴァ。こう見えても駆け出しの冒険者なんだ。君の名前は?」


「私の名前、ミコト。」


「そっか。いい響きの名前だね。まずは、お腹が空いているだろうからご飯にしよう。そのあと、お医者様にみてもらおうね。」


「わかった。」


 シヴァの言葉にミコトはこくりと頷いた。






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