第22話 風と語ろう

タムは大急ぎで部屋に戻った。

アジアンタムと書かれたドアを開け、中に滑り込んだ。

風がタムの髪をなでた。

タムは見えない風に向かって微笑んだ。

「いろんなことがあったんだ」

風はくるくるとタムの周りを回った。

遊んでくれと言っているような、

または、慰めてもくれているような。

そんな気がした。

タムは、風に向かって語りかけた。

「ベアーグラスを、いつか導いてくれないかな」

風は、ふわっとタムのジャケットを膨らました。

心地よいそれに、勝手に了解のサインと思って、タムは微笑んだ。

風は再び、タムの髪をなでると、

カーテンと踊りに行った。


タムはベッドにひっくり返った。

右隣のネフロスの部屋からは、結構な水音が聞こえる。

ザーザーいっている。

そうまで流さないといけないんだろうか。

ネフロスは、ガリアーノ。

確か、パキラはカンパリ。

現れよとか言って、武器を出した。

その前に…銃弾を噛み砕いていた。

タムはぼんやりと考える。

よくわからないが…魔法とか何かかな…

それともそういう技術なのかな。

間を取って魔術とか。

なんか違うなぁなどとタムは思った。

相変わらずネフロスの部屋からザーザーと水音が聞こえる。

タムは話し相手に風を選んだ。

「ねぇ」

タムは窓のカーテンと遊んでいる風に語りかけた。

風はふっと止まると、タムに向かって吹いた。

「名前あったほうがいい?」

風はふっと止まった。

風にすれば思いつかないことかもしれない。

「表側の世界の名前にしよう。シンゴ」

ふわぁと、風が、シンゴが踊った。

『タム、タム』

部屋が、空気が語りかけた。

いや、風が語りかけているのだ。

『タム、俺、シンゴ』

「うん。改めてよろしく、シンゴ」

姿は見えないが、タムはシンゴの存在を感じた。

『名前あるから声が聞こえる。タム、何を話したい?』

「うん、隣でネフロスがザーザー水を使ってる」

『パキラも使ってるらしいね。クロ大忙しだよ』

「うん、そんなに流すのは、一体何かなって」

『タムは見なかったの?』

「見たけど、銃弾噛み砕いて、武器が出てきて、髪と目が緑色。わかるのはそれだけ」

『俺もよくはわからないんだ、風だから。でもね』

「でも?」

『裏側の住人として、タムはまだ踏み込んじゃいけないんじゃないかな』

「うーん…」

『タムはまだこんなに小さいし』

「聞いちゃいけないのかな?」

『聞いたほうがいいと思う。でも、ネフロスやパキラとおんなじことは出来ないと思う』

「シンゴはそう思うの?」

『うん、タムは小さいし、ええとね…』

「うん?」

『ネフロスやパキラが、クロを大忙しにさせるくらい水を使って流すものがある』

「うん」

『それを、タムの身体に入れたらどうなるかって思うんだ』

「パキラは、残ってると害になりかねないって言ってた」

『それ。小さなタムに大人でも害なものを入れたら大変だと思うんだ』

「パキラもネフロスも大急ぎで部屋に戻ってった。ザーザー流してる」

『だから、よくわからないけど、タムはまだ、それを使えないと思う』

「表側では、一応大人なんだよ」

タムは、ぷぅと頬を膨れて見せた。

シンゴは笑って、タムの周りを回った。

『エリクシルでは小さな新入りのタム。だから、同じことはしようとしないで。タムの出来ることから』

「僕の出来ることから」

『ベアーグラスを導いてって言ったよね』

「うん、約束したんだ。エリクシルで待ってますって」

『そういうことから、はじめればいいよ。いきなり何もかもは出来ないさ』

「シンゴはエリクシルにいてどのくらいになるの?」

『さぁ?でも、今日が俺の誕生日』

「誕生日」

『俺はシンゴになりました』

シンゴはそういうと、笑った。

『あ』

「あ?」

『ネフロスのザーザーが止んだよ』

「本当だ」

タムはひょいっと、ベッドから飛び降りた。

「ネフロスのところ行ってくるね」

『いってらっしゃい』

シンゴはタムを見送ると、また、カーテンと踊りに行った。

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