第3話 壊れた時計
ネフロスと緑は鳥篭屋を目指した。
通り過ぎたそこを、少しだけ戻る。
影法師のような、裏側の世界の住人が通り過ぎていく。
いくつか店の前を通り過ぎる。
そして、鳥篭屋の前に彼らはやってきた。
まずは、ショーウィンドーを見る。
時計らしきものはない。
並んでいるのは鳥篭だ。
「鳥篭ですね」
「ここは鳥篭屋だからな」
「壊れた時計ないですね」
「いや、中にならあるだろう」
ネフロスは鳥篭屋のガラス戸を、ガラガラと横に開けた。
遅れて、緑が引っ張り込まれる。
薄暗い鳥篭屋の中には、
大小素材からして様々の鳥篭が並んだり、吊られたりしていた。
緑は呆けたように鳥篭を見ていた。
自分の部屋を鳥篭だらけにするのも楽しいかもしれないと思った。
そして、また、引っ張られた。
「あ」
「あ、じゃない。とにかく、壊れた時計探すんだ」
ネフロスに引っ張られて、狭い店内の奥へと進む。
緑は小走りについていく。
古びたレジの横に、影法師がいることを緑は認めた。
「ここの壊れた時計、いくつ在庫ある?」
ネフロスが影法師に向かって問いかける。
影法師はなにやら言葉を言ったらしいが、緑は理解できなかった。
裏側の世界の言葉なのかもしれない。
「ん、そうか」
ネフロスは納得した。
鳥篭屋の影法師が、レジ近くにある手回しの歯車を回した。
きこきこと音がなり、
天井に吊られた鳥篭が、いくつかゆっくり移動した。
そして、ひとつ、鳥篭が下りてくる。
「ここの在庫の壊れた時計だ」
ネフロスが説明した。
鉄製の鳥篭の中に、時計が一つ。
古びているのにきらきらしている。
懐中時計だ。
「取り出して確認しな」
緑はそっと、鳥篭に近づく。
そして、鳥篭から壊れた時計を解き放った。
壊れた時計は、一瞬、緑を包むようにゆがみ、
緑はその瞬間目を閉じた。
壊れた時計は、すぐに壊れた時計の姿に戻った。
緑は壊れた懐中時計を開く。
蓋の裏に文字が彫ってある。
「アジアンタム…」
緑が読み上げた。
瞬間、緑は裏側の世界の名前を手に入れ、
裏側の世界の住人になった。
「それがお前の裏側の世界での名前だ」
ネフロスの声が、さっきよりはっきりと聞こえる。
「タムとでも略するか?」
ネフロスが手を離して、にやりと笑った。
「タム」
「そう、お前はこれから裏側ではアジアンタム、タムだ」
「タム」
タムはうれしくなって繰り返した。
声が微妙に高い気がする。
鳥篭屋の主人は、もう、影法師ではない。
おばさんが歯車を回して、また、鳥篭の配置を元に戻している。
「裏側の世界の住人…か」
「格好もそれっぽいじゃないか」
ネフロスが指摘した。
見れば、タムは今までのジーンズとシャツという格好の上に、
ポケットがいっぱいの、緑色の大きなジャケットを羽織っている。
タムはそれがひどく気に入った。
タムは自分だけの壊れた時計見た。
秒針も長針も短針も、
好き勝手自由気ままに動いているのに、
中に見える歯車やぜんまいは、生真面目に刻みを入れている。
タムは最高の時計だと思った。
「さて、お前の時計は見つかった」
ネフロスは腰に手を当てて、偉そうな格好をした。
「これでいつでも裏側の世界に来れる」
タムはうれしくなったが、同時に疑問もわいた。
「どうして裏側の世界に、僕が?」
ネフロスは、頭をかいた。そして、
「出来れば俺たちの仕事を手伝ってもらいたいんだ、人手不足でな」
「どんな仕事?」
タムがたずねる。
「なんでも屋って感じだ」
「ふぅん」
タムはちょっと考え込んだが、
「いいですね、僕でよければ」
「危険かもしれないぞ」
「なんでも屋って言うのが気に入ったんです」
タムはにっこり微笑んだ。
「ねぇ、裏側の世界のこと、もっと教えてください」
タムが鳥篭屋の扉を開く。
ネフロスがつかつかとついていく。
「俺たちのアジトに行きがてら、ある程度は教えるさ」
タムは通りに出た。
そこにはたくさんの裏側の世界の住人がいた。
その一人になれたことを、タムはうれしく思った。
「おいこら、こっちだ」
歩き出したネフロスを、タムはあわてて追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます