シリウスのように輝いて~5~

「ブッコローさんはブッコローさんでしょう!」


「ふへ?」



 突然上がった大きな声に、俺は間抜けな声を上げてしまった。


「そういう言い方は嫌いです」


 いつか聞いたような台詞に彼女の顔を見上げれば、広い額に眉毛を吊り上げて、細い目を三角にしていた。


(あ。怒り顔)


「確かにブッコローさんは人間じゃないですし、ぬいぐるみみたいなミミズクですし、競馬好きなおじさんなのに子供にも人気があったりしますし、毎日のように合コンにいってますし」


「毎日は行ってねぇよ」


 誤った認識をすかさず否定する。郁はぶすりと不機嫌な表情のまま、いつの間にか数えるように折り始めていた指を、再び折り始めた。よく分からないがディスられているのか、俺?


「口は悪いし、岡崎さんには優しくするのに、私のことはいじめるし」


「いじめてな! ……くもない……か」


 もごもごと語尾を小さくすると「やっぱり」と言う。


「それを言うならザキにだって優しくしてねぇよ。大体な、男って奴はな、好きな奴をいじめたくなるもんなの!」


「すっ!!」


「あ!?」


 うっかり口走った言葉をきちんと拾われて、ぱくりとくちばしを開けた。郁は郁で指折り数えていた左手を、ペンの転がるバインダーの上に落とす。予期せず手の直撃を受けたペンが、勢いよくテーブルを飛び出していった。


「すっ、すっ、すっ」


 変な編集をされた動画みたいに、郁は同じ言葉を繰り返す。俺は開き直って、テーブルの上でドンと足を鳴らした。


「そうだよ」


 そう言ってぱたぱたと飛び上がり、彼女の顔の高さでホバリングする。広い額が、少し下がり気味の瞳が、マスクをしていないピンク色の唇が、郁を構成する全てのものが俺の目の前にある。



「俺はお前のことが好きなの」


「!」


 彼女の白い頬が一気に赤く染まった。俺は郁の瞳をまっすぐに見据えたまま、言葉を続ける。


「俺はこんなミミズクだけど、お前のことが――郁のことが好きなんだよ」


「ブッ……コローさん……」


「有隣堂を裏で牛耳る女だろ? それぐらい知ってろよ」


「そ……んなこと……」


 小さな呟きとともに郁の瞳から涙が一粒こぼれ落ちた。俺はがくりと肩を落とす。


「チッ。んだよ。泣くほど嫌なのかよ」


「ちっ、違います!」


 ミミズクと人の恋。上手くいくわけないことだって分かってた。それでも。


(好きになっちまったんだから)


 満天の星空のシリウスみたいに。砂漠に落ちた一粒のダイヤモンドみたいに。


 この世界の中で郁だけがキラキラと輝いて見えちまうんだから。


「この間、言いかけたこと、言っちゃいますね」


 郁は手の甲で落ちた涙を拭って、にっこりと白い歯を見せた。



「私もブッコローさんのことが好きです」



「え……」


 ――私、ブッコローさんのこと……。


 あのとき言いかけていたこと。彼女の悩み。


 ――私もブッコローさんのことが好きです。


 喉に刺さっていた小骨が抜ければ、その穴から色々な声が溢れてくる。


 ――郁ちゃん、悩みがあるみたいだから。


 ――私もブッコローさんのことが。


 まさかの回答に思考が追いつかず、ぐらぐらと目眩までしてくる。郁が? 郁も俺のことが?


「私こそミミズクじゃないですけれど。それでも良いですか?」


 郁はそう言ってちょこんと首を傾げた。耳に掛かっていた髪の毛がさらりと落ちる。


「あっ、当たり前だろ! この馬鹿」


「ええっ! 馬鹿ってヒドイです。それに私は有隣堂のYouTubeを牛耳る女であって有隣堂は牛耳ってませんから」


 それじゃ社長です、と笑う。


「細けぇことは良い……ぶっ!」


 ホバリングしていた身体に郁が抱きついてきた。くちばしが彼女の胸元で押しつぶされる。鼻に広がるのは彼女の香り。


「なっ、なにしてんだよ」


「さっきの言葉が撤回されない内に、合コンに行けないように匂いでも付けておこうと思いまして」


 ちょうど羽角に彼女の声が当たり、ふわふわとくすぐったい。


「俺は犬かよ。行かねぇよ。お前が隣にいてくれるなら」


 自分の台詞に体温が上がる。いや、郁の体温が上がったのかもしれない。


「はい。分かりました」


(良い返事だな)


 やっぱり真面目か、なんて思いながら、俺も両を彼女の身体に回す。


 少し早い鼓動が落ち着くまで、俺たちはその場を動かなかった。


 遠くでパチンと弾けた音に「有隣堂の見えない何か」も応援してくれている気がする。



 ミミズクと人の恋だって悪くねぇんじゃねぇの。




 了

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シリウスのように輝いて 咲花実里 @minorin

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