シリウスのように輝いて~4~
「今日は車じゃないんです。だから」
郁はそう言った。普段は電車通勤で、自動車に乗ってくるのはまれなのだ。
「短い時間なら
スタッフたちは全員帰っていて、残っているのは俺と郁の二人だけ。下のフロアはとっくに電気が消されていて、低い空調の音だけが不気味に響いている。
「ああ。ここで良い」
外に出るとなると人目に付かないよう空を飛ぶか、ぬいぐるみのふりをして運んで貰わなければならない。折角二人きりなのに、紙袋の中にでも入れられたんじゃあ、ろくに話もできない。
「分かりました」
郁は椅子を引いて俺の前に腰掛けた。頬に落ちた髪をさりげない仕草で耳に掛ける。小さな石の付いたピアスがキラリと光った。
「今後の進め方ということでしたよね?」
どこまでいっても真面目な彼女は、いつものバインダーとペンを取り出して、強張った顔をこちらに向けてきた。
俺はふ、と笑う。
「そんなに構えんなよ」
努めて普段通りの声を出した。彼女の緊張がこちらにも伝わってくるが、その雰囲気に飲まれてはいけない。
「別に構えてませんけど……改まってお話だなんて。ダメ出しですか?」
「ダメ出しなんてしねえよ」
「そう、ですか」
ダメ出しじゃないと分かっても、ぎこちない硬さが残っている。
(何を悩んでるんだよ?)
俺は右羽を頬に当て「この間」と切り出した。
「俺に何か言いかけただろ? Pの邪魔が入っちまったけど、あれ、何て言おうとしてたんだ?」
「あ……」
郁の手からペンが落ちる。ペンはそのままに彼女はその手を耳元に持ち上げて、落ちてもいない髪をもう一度耳に掛け直した。
「あ、はは。何か言いかけましたっけ? ブッコローさんの思い過ごしじゃないですか」
乾いた笑い声を上げて、いつもと同じ笑顔を作る。この本心の見えない笑顔はこいつなりの処世術なんだろう。自分を殺してでも波風は立てない、美しい自己犠牲。
(だけどな。今日は逃がさねぇ)
俺はギリリと半眼になる。
「嘘吐くな。俺の記憶力舐めんなよ」
「舐めてませんよ。ブッコローさんはすごいっていつも思ってます。尊敬してるんですから」
「それはありがたいけどよ。そうじゃないだろ?」
むくむくと湧き上がる怒りが声に乗る。悩みがあるなら言えば良い。俺との間に我慢なんて必要ない。
「言えよ」
「……」
郁は首を窄めて下唇を噛んだ。
(ああ、違う。俺はこんな風に怖がらせたい訳じゃないんだ)
本心と裏腹な態度しか取れない自分にも腹が立つ。ひねくれ者で皮肉屋で毒舌家だっていう自覚はある。けれど俺だって鬼じゃねぇんだ。
俺はバリバリと羽角を掻き毟った。
「俺じゃ、信用できねぇか」
「え?」
「こんなミミズクじゃ駄目か」
「そんな! そんなことないです」
唸るような空調の音をバックに二人の声が響く。泣きそうな目をした郁の額には玉の汗が浮いていた。
俺は首を傾けて、自嘲気味に呟く。
「悩みがあるんだろ? 悩みを解決することはできなくても、聞いてやるくらいはできるんだぜ。ミミズクにだってな」
視線を落とし自分の
彼女の信頼を得られないミミズクの俺。
(やっぱり人間じゃなきゃ駄目なのか)
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